第89話 家族

 やっとの思いで宿ランキングが掲載されている雑誌を見つけた。隠れ家的なお店に置いてあったから苦労したのなんの。

 それでざっと眺めたところ、また一つ世界が広がった。上位の宿は魔術を駆使して、客をもてなしている。

 特に1位の天空亭はまさに大空に構えていて、極一部の要人しか泊まれない。大空、さすがに宿を浮かせるなんて無理だ。

 そこからの眺めは絶景どころじゃなく、地上を一望できる。宿泊料金は普通の人の生涯年収でも足りない。しかも予約が数年先まで埋まっているらしくて、偵察すら不可能だった。


「冒険者の宿のアイデンティティは神出鬼没なところ……」

「素敵じゃないですか」

「そんな宿すらも見下ろす天空亭……。ふふっ、格が違うなぁ」

「天空亭はお空限定ですけど、この宿は地上のどこでも宿を開けますよ。海底にある4位の竜宮大城のお株を奪えます」

「海底で宿をやるって発想がすごいよね」


 想像の遥か上を行く世界を垣間見たところで、あの人の宿らしきものは記載されてなかった。少しガッカリしたけど、挫けるわけにはいかない。

 それより移転日が迫っている。だけどその前に私はバルバニースにいる獣王の許可を貰わなきゃいけない。

 ハッキリ言って緊張してる。レグリアの王様の時もそうだったし、ましてや今度は種族が違う。


「フィム、あなたも一緒に来るんだからね」

「バ、バッ、バルバッ! ニースにっ!?」

「気持ちはわかるけど、きちんと話せばわかってくれるはずだよ」

「アリエッタはあのパパを知らないから、そんな事が言えるんです……」

「狂暴なの?」

「それはもう……。フィムでも容赦なく殴るのです。泣いてもダメなのです……」


 虐待か。種族が違えば他人の家族問題だ。私が口出しすべきじゃないけど、今回ばかりは事情が違う。

 そうだ。私なんかよりもフィムのほうがよっぽど緊張してる。転移魔術も何もないフィムが、だ。


「私が守ってあげるからさ。ね?」

「で、でで、で、でも……。アリエッタでも、か、勝てないかも、しれないのです」

「いや、戦いに行くわけじゃないから」

「とにかく怖いのです! 嫌なのです!」

「あ……」


 フィムが宿の外に逃げ出しちゃった。だけどなぜか転移で引き戻す気になれなかった。

 それはきっと私があの子の不安を取り除けない事への後ろめたさがあるからだと思う。


「フィム……」

「アリエッタ様、追いかけてあげて下さい。私にはあの子を守れませんが、アリエッタ様にはそれが出来ます」


 転移魔術を磨こうと、子ども一人を安心させられない。何より、実の親があそこまで子どもを怯えさせている事実に苛立ってきた。

 種族の違いという点を差し引いて、納得するのが正解かもしれない。あいにく私はそこまで出来た人間じゃなかった。


「ミルカ。フィムは私達の大切な……」

「仲間、いえ……。家族でよろしいのでは?」

「そこまで行っちゃう?」

「あの子が迷惑でなければ、私はそうでありたいです」

「家族か……」


 思えばお父様はミルカを家族として迎えていた節がある。両親を亡くしたこの子を暖かく迎え入れて、厳しく接する。

 衣食住だけじゃない。時には泣いているミルカをお母様が慰めて、お父様が諭す。他所から来た子どもだからと差別しない。私達と何ら変わりない対応だった。血が繋がっていなくても、これが家族じゃなくて何なんだろう。


「ミルカ、フィムを探しに行くね」


 フィムの魔力は本当に少なくて本来だと探しにくい。一緒に過ごして特徴を捉えてないと、たぶん見つからなかったと思う。

 結果、そう遠くへは行ってなかった。程なくして木陰で膝を抱えて泣いているフィムを発見する。


「フィム。ごめんね」

「アリエッタ……」

「守るだとか、適当な事を言って安心させようとしてた。私ね、フィムを家族だと思ってる」

「フィムが、家族?」

「獣王がフィムのパパかもしれないけどね。私も本気でフィムの事を考えているんだよ。怖いものは怖いよね……。だからね」


 私はフィムを抱いた。守るなんて口先だけで安心させない。行動で伝えた。

 こんなことくらいしか思いつかないけど、今はこれが精一杯だ。


「怖かったら泣いてもいいよ。フィムが感じたままにすればいい。でも、私は離れないから。どんな時だってそれは変わらない」

「アリエッタァ……」

「家族は見捨てない。離れない。転移だけにね」

「う、うまくないのです……ふぇぇぇ」


 涙と鼻水でいろいろぐしゃぐしゃだけど、今はいいか。口ではああ言ったけど、やっぱりフィムは守ってあげないといけない。

 不安を押し殺さずに思いっきり泣いていい。そう出来る環境を私が作ってやらないと。


「フィム、がんばるのです……。マッサージして、食事を作って……。お客さんが喜んで、嬉しかったのです。フィムの居場所だと思ったのです」

「じゃあ、一緒に居場所を守ろうね。私の転移魔術なら、獣王なんてやっつけちゃうんだから。こんな風に!」


 石同士を転移破壊させて、フィムを驚かせる。力による解決は極力、避けたいけどフィムが言うような人物なら衝突は避けられない。

 お父様を認めさせるために身に着けた転移だけど、言う通りに磨いてよかった。これがあるからこそ、大切なものを守れる。

 この瞬間、私は魔術師として自覚しなきゃいけないなと決意した。

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