第90話 さようなら! キゼルス渓谷!

 キゼルス渓谷旅立ちの日が明日に迫った。自然溢れる渓谷の中に、街道の道としての整備が進んでいる。

 ラインフォード家をスポンサーとする組織の人達が作業に当たっていた。寂しかった宿の前もすっかり人の手が入っている。


「これからはここが新街道で、今まで使っていたほうが旧街道になるんだね。あっちと比べて三分の一の時間で通過できるんだからすごい」

「ここに来た時がなつかしく思えますね。建物から作ってポーション作り……。実はちょっと不安だったんです」

「そうなの?」

「もし誰もお客さんが来なかったらどうしようと思ってました」

「私は逆にそんなのなかったなぁ」


 ミルカが小さく笑う。楽観的なのか何も考えてなかったのか。ただの憧れで突っ走ってうまくいったのは私の力だけじゃない。

 ミルカがいてくれたおかげだし、初めてのお客様であるネーナちゃんとクルス君がなつかしい。そのうち、フィムもやってきて軌道に乗った。

 果てには軍隊までやってきて難癖をつけられたっけ。


「おーい!」

「あ、思い出してたところで……」


 手を振って走ってきたのはクルス君とネーナちゃんだ。最初に会った時よりも装備がしっかりしている。

 それになんだか顔つきが変わったかな。


「この宿の噂を聞いてさ。なんだかなつかしくなって、来てみたよ」

「最初のお客様であるお二人に来ていただいて嬉しいです」

「あれからオレ達、四級に昇級してさ。もう三級が見えてるんだ」

「すごいですね! 実はハイペースでは?」


 同郷の二人が旅立って成長する。これが青春というやつかな。大した事はしてないのに、妙に誇らしく思えてくる。


「アリエッタさん。私、魔術式がなくてもやれるって自信がつきました。先輩の冒険者にも褒めて貰えました」

「認めてもらえたんですね。それはさぞかし嬉しいでしょう。わかります」

「でも『あえて褒めるとすれば』なんて言われたのが引っかかりますけどね」

「それって風殺のエンサーという人では?」

「な、なんでわかったんですか?」


 短い間でも気になる口癖だというのに驚くとは。あの人もあれから元気でやっているのかな。

 親にあえて反発して冒険者なるだなんて、私と根は同じかも。


「ま、主にオレが引っ張ってやったんだけどな」

「そうだね、感謝してる」

「は!? 別にそんなのいらねーし? オレがお前から感謝される為にやったみたいに聞こえるだろ!」

「はいはい」


「あの、お二人は恋人同士なんですか?」


 ミルカの質問に二人が硬直した。なんかの魔術にかかってるみたい。


「ミ、ミルカさん! なーてこというんですか! ただの幼なじみなんですけど!」

「おまっ! おまぁぁぁっ!」

「そ、そうですよね! すみません!」


 ミルカは恋愛小説を読むみたいだから、私よりもその辺は達者だ。

 茹でられたみたいに真っ赤になる二人を見てると、なかなか重症みたい。


「せっかく最終日だから、泊まりにきてやったのによ……」

「いえいえ、いらっしゃいませ」

「あ、そういえば! お風呂はまだ一つしかないんですか?」

「いえ、男女で分かれてますよ。あれから増築しました」

「よかった……」


「先客がいたか! あえて一番乗りを狙ってみたというのに!」


 噂をすれば、エンサーさんだ。それだけじゃない。さすらいの大狼、トリニティハート、進撃隊。金色の荒鷲まで登場した。


「久しぶり、アリエッタさん」

「シャーロットさんに皆さん……。お揃いで……」

「激昂する大将討伐がなつかしく思えるね。最近だとサウナまでついたんだって? どうしてそんなタイミングで移動しちゃうかなー」

「まぁいつかは考えていた事なので」


「間に合ったか!」


 続いてメギド隊まで現れたのはいいんだけど、あのエバインがいた。完全に招かれざる客なんだけど。

 しかも波が引くように冒険者さん達がこの人達から離れている。国内最強部隊の存在が大きすぎる。


「あ、あれってヴァンフレムか? 初めて見た……」

「一級パーティの金色の荒鷲のメンツですら、あの顔だ」


 警戒というわけではないけど、やっぱり見る目が違う。颯爽たる登場を私は迎えるわけだけど、ヴァンフレムお兄様の隣にいたエバインが頭を下げてきた。


「あの時は申し訳なかった。謝っても許される事ではないが、せめて」

「いいですよ。泊まりに来たのならお客様です。それにしてもまるで別人ですね」

「いや、そ、そんな事はない」


 隣で本隊の方々が睨みを利かせていた。脅して謝らせているんじゃないよね。

 ヴァンフレムお兄様がフォローするかのように、エバインの背中を叩く。


「このエバインは魔術真解まで破られて、一時期は荒れていたが俺が活を入れてやった! 叩きのめしてやったのだ!」

「なんで傷口に塩を塗り込むの」

「プライドを砕いてやったまでよ! ここで更生できぬようであれば我が隊にはいらん!」

「そ、そう」

「こいつの言う通り、謝って許される事はないが俺達とまとめて客として扱ってくれ!」


「おっけー!」


 ひょっこりと出てきたシスティアお姉様が勝手に承諾した。まだ連泊してやがったのか。とんでもない料金を請求するしかない。


「じゃあ、皆で今日は背中ながしっこだねー!」


 そしてこの爆弾発言。セティルさんとミーアさんが茹でダコに、アミーリアさんがケラケラと笑う。

 シャーロットさんは大人の反応でスルー。男衆は一瞬でも真に受けたのか、すごい顔してた。なるほど、これが個性か。

 宿をやっていると、こんな風にいろいろなお客様がやってくる。当然、それぞれのドラマがあって、それを見られるのも宿屋の特権だ。

 バルバニースではどんなドラマがあるのかわからないけど、それも宿屋として楽しみたい。


「うん。流しっこは男女別々でね」

「お、男同士でそんなもんするかぁ!」

「ですよね、クルス君」

「あら、じゃあ女の子の背中なら流したかったんだ?」

「バ、バッカ! ネーナ、お前ぇぇ!」


「はしたないッ……!」


 こういうノリを冗談として受け流せないメギド隊のセティルさんが刀を抜いたところで全員、宿へ集合した。

 今夜はとびっきりのご馳走と行こうかな。さようなら、キゼルス渓谷。この出会いをもたらしてくれてありがとう、キゼルス渓谷。


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これにて第一章 キゼルス渓谷編は終わりです!

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聖女と呼ばれる侯爵令嬢~極めた転移魔術は強すぎましたが旅する宿屋を始めます~ ラチム @ratiumu

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