第87話 ガーディアン隊、部隊長シェイル

「アリエッタさん。お湯、大変よかったと褒めておきます」

「ありがとうございます、シェイルさん」


 シャツと短パンというラフな格好をしたシェイルさんが登場した。滅多に見られないレアな姿だと思う。

 テーブル席に着いたと思ったら、バッグからボトルを取り出した。


「お風呂上がりの一杯は格別です。どうですか?」

「それってお酒ですか? 持ち込みは禁止してませんが、推奨したくないですね」

「禁止というのならば従います」

「いえ、どうぞ」


 ぐびっと遠慮なく飲んだシェイルさん。お酒は二十歳になってからという国もあるみたいだけど、レグリア王国では十五歳からOKだ。

 この人は二十歳は超えてると思うけど、いくつくらいなんだろう。こんな若さでガーディアン隊の部隊長を務めるなんて。あのお兄様と同じような天才か。


「陛下はお優しい方です。時々、こうして護衛と称して連れ出していただけます。ガーディアン隊は任務の都合上、休みを滅多に取れません」

「つらいとか辞めたいと思った事はないんですか?」

「あります。私も人間ですから」

「なんかすみません」

「なぜ謝るのですか」

「怒らせてしまったと思いました」


 大股を開いて、ボトルに口をつける様は謁見の前で会った時からは考えられない。鋼鉄の女の意外な一面だ。

 一口、飲み終えて一息つくたびに顔が赤くなっていく。大丈夫かな。


「今の陛下でなければ、辞めていたかもしれません。お優しい方で、お忙しい身でありながらルーデリカ様を気にかけてらっしゃいます。一番、素晴らしいと思っている部分は暗殺者を撃退した時に特別賞与をいただけるところですね」

「それって当たり前……いえ。人を認めるのって難しいです。だからこそ、認めてあげられる人を好きになるんですよね」

「ミルカさんやあなたがルーデリカ様をきちんと見てあげたのと同じです。ですが陛下はなかなか実の娘と接する機会がなく、悩まれていました。口にこそ出しませんが、陛下はあなた達に感謝していると思います」


 喋り終えるたびに一口、ぐいっと行く。私はお酒を飲んだ事がないけど、匂いだけでダメだとわかる。

 お父様もちまちまと嗜んでいたけど皆、好きなのかな。ただ宿屋では絶対に提供できない。


「そんな場所を提供できるあなたが素敵です。初めはなんて慇懃無礼で救いようがない小娘だと侮蔑しておりました」

「ど、どうも……」

「ですが、この宿を見て確信しました。あなたが本気で取り組んでいる、と」

「あの、シェイルさん。飲みすぎでは?」

「このくらい平気です」

「お休みをいただけるようにお兄様……ヴァンフレムに私から言っておきましょうか?」


 シェイルさんの手が止まる。図星だったのかな。好きで飲んでいるというのもあるだろうけど、まるで何かから逃げるようだとも感じた。もう頭をもたげているし、これ以上は危ない。


「ま、私だって年頃です。遊びたいし恋もしたい……。あなたにはストレスがないんですか?」

「そりゃ仕事ですから多少はありますよ。でも転移があれば仕事中にもいろいろなところに行けますから、まだ楽なほうです」

「私の魔術を完封した転移……。それだけの実力があれば、言い寄ってくる殿方も多いでしょう。現に王子様も、あなたが気になるようです」

「えっ」

「気づいてなかったんですか? あんなにアピールされてましたが?」

「あれって社交辞令では?」


 あの人達が、私に? いやいや、スタイルだってそうでもないし、顔はまぁブサイクじゃない。だけど綺麗な女性と知り合える機会がある王子様が私に惚れるなんてないない、ない。

 シェイルさん、お酒が入ってとんでもない事を言い出した。


「そうやって……あなたは本当に。私だって羨ましいんですよ! 護衛隊長だって恋がしたい!」

「何を言い出すんですか!?」

「でも皆、私を鋼鉄の女と呼んで近寄らない! 私の何がいけないんですか! 男の人を優しく見つめたら、いつも逃げるんです!」

「それは……」


 目つきがきついし、何かケンカを売られそうな雰囲気があるからとは言えない。

 私より遥かに美人だし、もてる素質はある。立場と性格が災いしてるだけだと思う。それよりも、この人がこんなに女性らしかったとは。


「恋とかそういうのはわかりませんけど、シェイルさんは素敵な女性だと思いますよ」

「女友達が慰めるような言葉を!」

「意外と俗っぽい!」

「あなたの顔の造形も悪くないどころか美人なんです! この顔!」

「ちょ、痛いです」


 ほっぺをぶにゅってされて痛い。そして地味に転移層で弾けない。そこへ廊下の奥から何かが走ってくる。


「恋の悩みなら私にお任せっ!」

「システィアお姉様!? なんでいるの!」

「連泊するっていったじゃーん?」

「すごい金額になってるけど? きっちり料金をいただくけど?」


「シ、システィアさん……。あなたも実は隠れファンが多いんですよ……」


 今度の嫉妬の対象はシスティアお姉様だ。きつい目つきが見る影もなく、じっとりとした目つきが怖い。いや、それより驚愕の事実が飛び出したんだけど。


「童顔! 幼児体型! このような女性を好む男性がいるとは!」

「失礼極まりないねー。私じゃなかったら泣いてるよー?」

「ぐぐぐ! きいぃぃぃー!」

「アリエッタ、後は任せて休んでねー」


 壊れ始めたシェイルさんがひたすら怖いから助かる。人は普段のイメージとはかけ離れた行動を取られると、得体の知れない恐怖を覚える。

 ディダクタル商会のエセ紳士が幅を利かせていた理由がよくわかった。

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