第86話 ルーデリカ王女 後編
完成したカレーには大きさが不揃いの具がたくさん入ってる。王女様が担当した部分だと一目でわかった。
だけど一つだけわからない。このカレーはドロッとしている。どちらかというとシチューに近い。
さすがのレグリーじじいとシェイルさんも、すぐには手をつけなかった。
「これは珍妙だな。まさかとは思うが、ミルカ。ルーデリカが足を引っ張ったわけではあるまい?」
「いいえ、私自身も勉強になりました」
「言い得て妙だな。そもそも、これはシチューではないか? カレーシチューと名付けたほうがよいな」
「確かにシチューみたいですね」
「陛下。私が毒見を致します」
相変わらずのシェイルさんがスプーンでカレーをすくう。一口だけ食べて黙り込んだ。
「……ミルカさん。これはあなたが考案したカレーですか?」
「いいえ。これはアズマ風カレーです」
「アズマ、小さな島国ながらも独自の文化を築いている……。なるほど」
言い終えてから、シェイルさんはバクバクと食べ始める。たぶん気に入ってもらえたと思う。
レグリーじじいもスプーンを手にとって、ばくりと一口。
「む!? なんだこれは!」
「いかがでしょうか」
「これは新感覚だ! 私が知ってるカレーとは別物としか思えん! いや……これはもしや海軍カレーか!」
「アズマ式カレーよりも、そちらのほうがわかりやすかったですね」
揺れる船内だと、スープに近い料理はこぼれて提供が難しい。ミルカが作った海軍カレーならこぼれにくいおかげで、船内でも食べられる。
これが開発されたおかげで船乗り達が歓喜したとかしないとか。
「しかし、この具は今一つだな。手頃なサイズに切るべきだ」
「つ、次はもっとうまくやれますの! 見てなさい!」
「やはりお前か、ルーデリカ」
「思ったより簡単でしたわねっ! 何せ初めての料理で、ここまで形にしたんですもの!」
「……そうだな。よくやった」
「ふぇっ!」
不意に頭を撫でられたルーデリカちゃんが変な声を出した。頬を赤くして、下唇を噛んで何かを堪えているようにも見えた。
「ルーデリカ、これも魔術だよ。いや、もしかすると魔術以上に魔術かもしれん。人々はな、魔術が発達してなかった時代からこういった料理を作っていたのだ。今よりも情報も知識もまったくなかった頃にな。先人達には敬意を表したいほどだ」
「ううん……。つまり、わたくしは魔術師以上になれるというわけですの?」
「そこのミルカは魔術が使えないだろう? 獣人の少女も同じだ。だが、それぞれ自分に出来る事を見つけて磨いておる。ルーデリカ、気に病む事はないぞ」
「わたくしに出来る事……」
たぶんフィムと変わらない年齢で、こんな悩みを抱えてしまうのも不憫だった。子どもなんだから悩まずに元気に遊ぶなんてことも出来なかったと思う。
王族という立場のせいで周囲から勝手に持ち上げられる。期待に応えなきゃいけない。考えるほど酷です。
「……ミルカ。わたくしに料理を教えなさい」
「かしこまりました。しかし、お城のほうはよろしいのですか? 陛下は……」
「どうせわたくしなど、王位継承でいえば末席ですの。少しくらい」
「いかん」
普通に断られた。この流れでそれは厳しいです、レグリーじじい。いや、ダメに決まってるよね。わかる。
「お、お父様」
「末の娘といえど、遊ばせておくわけにはいかん。お前はまだ学ばなければいけない事が山ほどあるのだ。一国の王女として、誰の前に出ても恥ずかしくない振る舞いをしてもらわねばな」
「そう……ですの」
「お前にはこれから、たくさんのものを見て学んでもらう。それから決めても遅くはない」
「じゃあ……」
「今日のところは好きにするがよい」
花開いたようにルーデリカちゃんが笑顔になった。こんな子どもらしい顔も出来るんだと感心する。
これで魔術師コンプレックスも直ってくれたら、嬉しいんだけど。
「それにルーデリカ。もう一人、許可を取る人間がいるだろう」
「……アリエッタ、このわたくしに料理をさせなさい」
きちんと私の事だとわかっている。それなら、誠意をもって返答しよう。
「ダメです」
「はぁー!? なんですの! ちょっと下手に出てあげましたのに!」
「王女様といえど、ここでは平等です。よって命令は聞けません」
「んむー! 料理を教え……て下さい、ませ……」
「よろしい」
煽っていくスタイルじゃないけど、こういうところから教え込むのは大切だ。
王族という立場の上であぐらをかいているようじゃ、どうせやっていけない。
「そこのフィムも、あなたと同じくらいの年齢ですが先輩に当たります。きちんと言う事を聞くと約束できますか?」
「できますの……」
「おらー! 先輩なのです! 敬うのです!」
「こういう態度はさすがに自重させますが、どうですか?」
秒で調子に乗り始めたフィムの頭を押さえつける。フィムとの相性が気になるけど、これも妥協しない。
宿という仕事においては甘えを一切許したくなかった。それが夢や仕事に対する敬意だと思ってる。
「敬い、ますの」
「いや、敬わなくていいですよ。私もフィムが暴走したら止めますので」
「暴走……」
「まぁ今すぐという話でもなさそうですね」
「よ、よろしくお願いしますわ……」
頬を赤くして、そっぽ向いて喋ってるようじゃまだまだ。だけどほんの少しでも前進してもらえたかな。それなら私も嬉しい。
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