第36話 魔術式が刻まれし者として

 エンサーさんと岩猿の死闘が続いている。いざ始まれば、エンサーさんが勝つのは当たり前だった。

 岩猿は硬くて力強いけど、風の刃は岩をも削り取る。少しずつ割かれたら出血も止まらず、動けなくなるのは当然だった。


「はぁ……はぁ……。終わったか……」


 とはいっても、エンサーさんの消耗も馬鹿にならない。岩猿の死体を見下ろして一息ついた後は撤退だ。

 でもそうは猿達が許さない。ガサガサと茂みから猿達が飛び出す。


「チッ……! 少しでも数は減らしておきたいが……」


 撃退しつつ撤退だ。高速で移動を開始するも、両サイドから挟み撃ち。猿達が死を恐れてないかのように飛びかかってきた。

 私を見つけた猿が牙を剥き出すけど、手早く転移破壊で対処だ。


「この数は確かに侮れんな……」


 そして逃げた冒険者達に追いついたエンサーさんが見たものはあまりいいものじゃなかった。

 猿の大群に囲まれて応戦する冒険者達。すでに何人か倒れている。皆に守られながら後衛が治療に当たっているけど、猿達は容赦しない。弱点をつくように、そこを狙う。


「あと少しだってのに!」

「よく頑張った! ここはあえて俺に任せろ!」

「エンサーさん!」

「あの岩猿は討伐した! 今は退く事に集中だ!」


 エンサーさんが戻ってきたからには形勢逆転だ。ほぼ一人で猿達の猛攻を凌いでいて、まさに魔術式持ちの実力と思えた。

 何せ他の魔術師が詠唱して魔術を放つ間にエンサーさんは数匹まとめて討伐している。しかも仲間に攻撃しないよう、繊細なコントロール力も必要だ。

 一方、猿達はどうすればこんなに増えるのというくらい多い。


「今のうちに後退だ!」


 猿達の猛攻が弱まったところを見計らって後退する。少しずつ開けた場所に出る事で、猿達のゲリラ戦法も通用しなくなってきた。

 私はというと見つからないように岩陰に隠れて伺う。


「よし、一気に走……」


 フッと前衛で戦っていた一人の冒険者が宙を舞った。弧を描くようにして地面に衝突しかけた時、ふわりと冒険者の体が優しく地面に降ろされる。エンサーさんが魔術で風を操ったんだ。


「ウギウギッ!」

「ウガウガ!」


 また二匹、とてつもない猿が登場した。目がない巨大猿に手足が分離して、何か霧状のものが胴体と接続されている猿。なにあれ。


「今、彼を殴り飛ばしたのはあっちか!」

「なんだよ、あれ……!」


 エンサーさんがあっちと指したのは霧猿のほうだ。伸縮自在といった感じで、腕が霧状のおかげでリーチが長い。

 冒険者達ですら初見みたいで、誰もがうろたえている。


「あんなの見た事がないぞ!」

「見猿に岩猿……。気化猿か。魔物のくせに語呂がいい」

「言ってる場合じゃないぜ、エンサーさん!」

「あの岩猿と同等とすれば、少なく見積もっても二級以上の魔物だ。それが二匹となれば、俺がやるしかない」

「いや、俺達もやるぜ! あんただけに」

「状況を見ろ! すでに負傷者が出ているだろう! 一級冒険者達が到着すれば勝機はあるのだから、ここは退け!」


 エンサーさんが全力で風の防壁を展開する。問答をやめた冒険者達はまた後退した。

 二匹の猿が走り出すも、風の防壁に阻まれて立ち止まる。


「迂闊に入ればあの岩猿と同じ運命を辿る。はぁッ!」


 エンサーさんは風の刃で二匹の猿に攻撃を開始した。ところが目がない猿は軽やかなステップで回避して、霧猿も体の部位を分裂させる。

 そして飛んできた拳は風の防壁を突き抜けてくる。


「ちぃッ!」


 風をまとった高速回避。だけどもう一つの腕が執拗に狙いを定めてくる。更には頭まで飛んでくる始末だ。

 噛みつき、パンチ、蹴り。それが空中を泳ぎながら放たれるのだから、エンサーさんも風の刃を全方位に展開しなくちゃいけない。

 その隙を狙うのが目が見えない猿だ。見えないはずなのに恐ろしく的確に狙ってくる。


「なるほど、音か」


 エンサーさんは一瞬で見抜いたみたいだ。そして発生させた二つの竜巻が轟音を放つ。

 見えない猿は戸惑い始めて、攻めあぐねた。


「はぁッ!」


 一太刀あびせられたかのように見えてない猿の頭から股下まで斬られる。風の刃を一か所に集中させて、威力を高めたんだ。

 岩の猿ほどのタフさもなく、目が見えない猿は仰向けに倒れて絶命した。


「ウ、ウギーッ!」


 霧猿が一目散に逃げていった。エンサーさんは追わずに見送り、また大きく息を吐く。


「はぁ……クッ……。かなり消耗した……! まさかあれほどの魔物がいたとはな」


 大粒の汗が顔中に張り付いて流れていた。魔術式持ちとはいっても、立て続けに全力で魔術を使い続ければ消耗する。

 ふらつきながら歩く様子はかなり辛そうだ。このまま宿屋までもつとは思えない。


「フ、フフ……。なんて様だ、エンサー……。大口を叩いて家を出てみれば、これか……」


 ふらりと前のめりに倒れそうになったところで一緒に宿屋の部屋まで転移した。着いたところで確認してみれば気絶している。

 最後の言葉からして、この人は家を飛び出して冒険者になったのかな。魔術式があるという事はそれなりの家柄かもしれない。


「お疲れ様」


 ポケットからハンカチを取り出して額を拭いた後、静かにベッドに寝かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る