第78話 持つ者、持たない者

 会食が始まって、テーブルの上に料理が並び始めた。私も貴族令嬢の端くれとして驚くわけにはいかない。

 いかないんだけど、すごくオシャレな料理にやっぱり驚く。料理というより皿の上にアートが展開されていた。特にソースでちょっとした模様を描けば、それだけで華やかになる。欠点としては料理のボリュームが少ない。


「ディクトールよ。美男美女揃いのルシフォル家ではあるが、縁談はまるで進んでおらぬな」

「長男のヴァンフレムにその気がないというか……。全員、仕事熱心なのはいい事ですが私としても危惧しているところです」

「良い話の一つや二つくらいあるだろう」

「ヴァンフレムにはそれどころではないと怒られましたし、次男はそもそも家に帰ってきません。マルセナもあの通りでシスティアもこの通りです」


 リスみたいに頬張ってるお姉様の姿が、より恋愛からイメージを遠ざける。王子様から見向きもされないし、お姉様も気にしてなかった。


「アリエッター。このお肉、ちっさいよねー。一口で終わっちゃうよぉ」

「これはグレートバフォロからほんの少ししか採れない希少な部位だよ。一般の人の給料じゃ口にするのも難しいの」

「ひゃあー! 贅沢だねぇ! 自分達ばっかりこんなの食べてんだねぇ!」

「シーッ!」


 遠慮がなさすぎるお姉様のメンタルはどうなってるんだろう。曲がりなりにも貴族令嬢の端くれとして情けなくなる。

 怒るかなと思ったけど第一王子のウィスリムさんが笑い飛ばした。


「ハハハッ! システィアの言う通りだな。こんな金があるのなら、少しでも民に還元すべきだ」

「そうかぁ? そんなもん気にしてもしょうがないだろ。金持ちが金を使わねえでどうするんだ」

「バッガーノ、そんな品のない考えでは国王など務まらないな」

「生産者がいて運ぶ奴がいて調理する奴がいる。金持ちが遠慮すりゃそれだけ配当が減るんだ。王位に就こうって人間がみみっちい事いってんじゃねえ」


 あの兄弟が不穏な空気を作り出しつつも議論してる。どちらの言い分も間違いじゃないと思う。

 二人の議論の傍らで五大貴族同士の会話も弾んでいた。


「パールムーン家としてはキゼルス渓谷の街道整備には全面的に賛成ですのね?」

「もちろんです。物流の循環が確実に向上しますし、人員の安全にも繋がる。クレチア家としても望むところでは?」

「そうよねぇ。各地方から学院への入学希望者が来やすい流れになるのは歓迎よ。同時に教育が行き届いていない地域にも学校を建てたいもの」

「と、我々の期待は大きいわけです。アリエッタさん」


「へ?」


 唐突に話を振られてびっくりだ。パールムーン家の当主の四角いメガネがキラリと光った気がした。


「あなたの宿があれば、街道整備は格段に進む。こういった面でも、あなたは十分すぎるほど国に貢献しています」

「それはどうもです」

「クレチア家としては一度、学院に招待したいところだけどねぇ。優秀な魔術師がいれば、生徒達にとっていい刺激になるもの」

「そ、それはどうでしょうかね」


 コキュートス隊の人達のセリフからして、そう都合よくいかないように思える。適当に濁しつつ、一通り料理を食べ終えて一息。何か視線を感じた。


「王女様、私に何か?」

「来なくていいですわ。わたくしが思うに、魔術師の方々は少々思い上がりが強すぎるように思えます」

「そうですね。中にはそういった方も多いです」

「……え?」

「私も気をつけないといけませんね」


 なんか王女様が目を丸くした。でもすぐに睨みつけてくる。


「ま、魔術師なんて嫌いですわ!」

「え、ちょっとそんな」


 王女様が椅子を倒して走り去ってしまった。なんか私が怒らせたみたいで心苦しい。


「……ルーデリカにも困ったものだな。アリエッタよ、気を悪くしないでほしい」

「王様。私、何かよくない発言をしてしまったのでしょうか」

「あの子は王族の中で唯一、魔力に恵まれなくてな。ずっと劣等感を抱えているのだ」

「そうだったんですか……」


 やっぱり王様や王子様には魔術式が刻まれているのかな。確かに国を統べる人間として秀でるには必須かもしれない。

 王女様にはあんな事を言ったけど、魔術の力や影響力は無視できないもの。持つ者が持たない者より有利なのは明らかだ。


「魔術式はともかくとして魔力に関して最低限、必要であるからな。かくいう私も一時期は困惑したものだ。王族として魔力を持たぬという事がどういう事なのか……と」

「偏見の目があるんですか?」

「学院では度々、陰口を叩かれたようだな。今では出席もしなくなってしまった……」

「それは厳しいですね……」


 王族の娘でも、そういう目にあうんだ。むしろ身分が高いからこそ、周囲からの期待値も高いのかな。

 ウィスリム王子じゃないけどお金持ちはいい思いをできる分、還元してほしいと思ってる人は多いはず。

 そこへルーデリカ王女みたい子がいたら、ここぞとばかりに石を投げる人間がいても不思議じゃない。

 この状況で一番、バツが悪い顔をしてるのはクレチア家の当主のおばさんだった。


「……すべては私どもの責任です」

「クレチア家が気に病む必要はない。人の親として、私もそろそろ決断せねばいかんところだ」

「恐縮です、陛下……」


 悲壮感が漂う王様の顔を見ていると、本当にルーデリカ王女を気にかけているとわかる。

 王族だって家族だし、人の親だ。権力争いなんかでひどい状態の国もあるけど、いいものが見られてよかった。

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