第66話 ディダクタル商会 3

「スリンプス商店の店主は治療院に転移させました。メモ書きもあるので、たぶん伝わります」


 最初は何事かと思ったけど、すぐに怒りが湧き上がる。酒のボトルが大量に転がっているあたり、これが接待なんだと思う。

 お酒をたくさん飲ませて、殺そうとしたんだ。これなら直接、殺すよりも足がつきにくい。


「で、なんでこんな事をしたの?」

「息子っ、息子に命令ごふっ……!」

「そんな事は聞いてないの」


 転移衝突拳をお腹に一発、入れる。かなり効いたのか、今度はこのエセ紳士が嘔吐した。

 びちゃびちゃと床を汚しながらも這いまわり、あがいている。


「だずげ、でぇ……」

「答えて?」

「あ、あの店主が死ねば……おえぇ……。財産が、店主の息子夫婦に……転がり込む……」

「うんうん、この段階でクズだけど続けて?」

「息子夫婦に、取り入って……ええと……」

「なんとなく想像つくけど、続けて?」

「その、夫婦から……財産を」


 転移デコピンで脳天を刺激した。完全に気絶したエセ紳士と一緒に今度は元凶の元へエセ紳士と一緒に転移する。

 息子がいると思われる部屋だけど、誰もいない。


「あれ……?」


 魔力反応は確かにあるのに。大きなデスクには誰もいないし、その下も確認した。

 他に人が隠れられるような場所もない。


「ねぇ、ここにあなたの息子がいるんじゃ……いや、気絶してた」


 はてさて。息子が魔術師なら何らかの魔術で逃げたか、それとも。

 何より魔力反応はずっとここにある。私の魔力感知が間違っているか、欺かれているか。答えは後者だ。

 だって私の目の前に魔力反応があったと思ったら、後ろにある。私に近づこうとして、転移層に引っかかってしまったんだ。

 つまり相手はすでに侵入者である私を認識していて、危害を加えようとしてきた。今のところは見えない敵といったところかな。

 透明になる魔術? いや、これは違う。


「便利な魔術だけど、こうしたらどうかな?」


「ぎゃあっ!」


 息子らしき人物を天井に転移させてから落下させた。大した高さじゃないけど、結構痛いはず。

 痛さで悶えて、なかなか立ち上がれないでいた。


「いてぇ……何なんだ……」

「あなたが、このエセ紳士の息子?」

「お前、何者だ……?」


 見上げている男は私より少しだけ年上に見える男だった。金髪を七三分けにして高級そうなスーツを着ている。

 この気絶してるエセ紳士と見比べても、まったく似てない。


「あなた達の被害者の一人だよ。魔術を嗜むようだけど、肝心の魔力操作がおざなりだね。魔力を抑えないと居場所がバレバレだよ」

「魔力、操作?」

「は?」

「お前、魔術師か。クソッ……なんで見つかったかな」

「消える魔術、というよりは周囲の認識を操作する魔術だね。派手さはないけど、使い方によってはいくらでも悪さできるわけだ」


 魔術で私を勘違いさせて、自分をいないと思い込ませたんだ。周囲に誤認させる魔術ってところかな。

 私の転移層はあくまで自分に害があるものが対象だから弾けなかった。

 認識を狂わされたところで、それ自体は痛くも痒くもない。これは問題です。ちょっと魔術式をいじろう。これで二度と私を認識ジャックできなくなった。

 "私に害があるものを弾く"から"私が困るものを弾く"だ。ありがとう、バウエル。あなたがいなかったら、気づかなかったかも。


「私はバウエル。ディダクタル商会の会長さ。その男は元会長で、私を息子だと思い込ませている。おかげですんなりと会長の座をいただけたってわけさ」

「うわぁ、えげつない。つまりあなたはこの商会とは何の関係もない人間だったと」

「そうだ。ところでお前はなかなか優秀だな。被害者と言っていたが、奪われたのは権利か? 土地か? 私を組めば、すべて返還してやろう」

「そのつもりなら、こんな出会いはしてなかったと思うな。だから攻撃したって無駄だからね?」


 ナイフでどすりとやるつもりだったみたい。当然、転移層で素通りだ。


「なんでだ、なんで近づけない……?」

「あなた、魔術師のくせに何もわからなすぎでしょ。ていうか大した魔力もないくせに、なんでそんなすごい魔術を使えるの」

「フ……知りたいか? ならば、私と組め」

「私、こう見えてもかなり怒ってるからね。あのスリンプス商店は誠実でいい商品を提供していたのに……」


 真面目な商売人で、お客様に対して真心のある製品を売っている。それだけで尊敬に値する人だ。

 キングサイズのベッドなんて高い製品の発注をあれだけ受けているんだもの。人気に決まってる。私はいらないけど。


「ホンットに……いい加減にして」

「ひっ!」


 室内にある家具の位置がぐちゃぐちゃになり、バウエルもその度に転移している。

 私の魔術が何かわかっていない以上は、謎の怪奇現象が立て続けに起こってるに等しい。そんな状態でまともな精神を保てるはずがなかった。


「あなたがどんな悪党か知らないけど、私達の間に入ってこないでね?」

「わ、わかった! 取り分はお前がほとんど持っていっていい! この商会ごとくれてやる! 他にも条件はいくらでもつけてやる!」

「じゃあ、裏帳簿あたりがほしいな」

「え、いや、それは……」

「いいよ。こっちで勝手に探すから」


 バウエルを逃がさず、証拠を徹底的に探そう。

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