第65話 ディダクタル商会 2
出てきたのは白髪をきっちり整えた老紳士風の人だ。その周囲に三人のいかつい男達。取り巻きがいなかったら、あの老紳士が悪徳商会の人だと気づかない。
ぼさっと立っている私を老紳士が見つけて、笑いかけてきた。
「お嬢さん。どうされましたかな?」
「あなた達はこのディダクタル商会の方々ですか?」
「そうですが、何か用でも?」
「はい。実は……」
出来るだけ角が立たないように話すと、老紳士は白髪頭を指でかいた。
この人とは正反対に、男達はすごい睨みを利かせてくる。
「えぇ、スリンプス商店の店主なら確かに立ち寄られましたよ。先日、商談したのを覚えております」
「その後、どこへ行ったかわかりますか?」
「さぁ……しかし、帰ってないとなれば……。早まった事をしていなければいいのですが」
「え、そんなに?」
「経営についてだいぶ悩まれていたようです」
「借金でもしてたんですか?」
「そこまでは……」
スリンプス商店の帳簿を見る限り、バリバリの黒字だ。私が何も知らないと思っていい加減な事を。
悪事を働いておきながら、ここまですっとぼけられるのも悪党に必要な才能かな。
「私も先日、会ったのですが注文が殺到して大変だと笑いながら話してました。とても経営で悩んでいたとは思えません。でもある日、急に注文に対して難色を示すようになったんです。ええと、確かディダクタル商会の方々もご存知ですよね?」
「と、いうと?」
「こちらの方々が、とある宿からスリンプス商店のベッドを運び出す姿を見かけたんです。詳しい事情をご存知なのかなと……」
「一体、何の話ですかな」
老紳士の表情がやや変わった。
どうせ他でも似たような事をやっているんだ。今、どこで見られたとか考えているんだろうな。
「そもそも、あなたはどういった方ですかな?」
「民宿を経営しているアリエルです」
「お若い身で、なるほど……。その件ですが、あなたの見間違いでしょう」
「いえ、確かに見たんです。キングサイズの大きなベッドです。宿の名前は……なんだったかな」
あえて偽名を名乗る。そして老紳士から笑顔が完全に消えた。すっとぼけるのを諦めてくれたのかな。
「今から商談をする為に出かけるところだったのですが、いいでしょう。中でゆっくりとお話ししませんかね」
「はい、ぜひ」
といっても、この時点で私は男達に囲まれている。
いきなり乗り込んでもよかったけど、それだと私が完全に悪者になる。だから一応、被害者という既成事実を作っておく。
建物の外には人がたくさんいたし、何人かが立ち止まって私達のやり取りを見ていた。
これで私は男達に逃げ場を封じられた上で、強引に建物の中に招待されたかわいそうな少女になる。スルーされて逃げられなくてよかった。
「ちんたら探ってんじゃねぇよ、コラ。ハッキリ言わんかい。あ?」
「わぁ怖い」
普段から優しい老紳士を気取っていれば、いざ怒った時のギャップで相手は混乱する。未知の恐怖に大体の人達は正常な判断力を奪われると思う。
「スリンプス商店のオヤジは今、接待中だ。用があるなら、後にしろや。な?」
「長い接待ですね」
「肝が据わっとるな。民宿の小娘風情にゃ見えねぇ」
「なるほど、地下か」
老紳士の表情が強張る。あれから魔力感知を頑張った甲斐があった。
この建物くらい狭い範囲だけど、生物の魔力反応がよくわかる。
「てめぇ魔術師か! とんで食わせモンだな!」
「先手必勝」
男達を互いに転移衝突させて床に沈めた。弾かれた後は激痛のあまり意識を失うだけ。残ったのはこのエセ老紳士だけだ。
「な、なんだ、どうした!? おい! 起きろ!」
「無理ですよ」
「う、う……。わかった、案内するから見逃してくれ……」
諦めたのか、エセ老紳士はスタスタと歩き出す。諦めの早さが怪しい。
このディダクタル商会、暴漢で固めてのし上がったとは思えない。証拠も一切掴ませていないというし、私の勘では間違いなく魔術師が関わっている。
「あなたはここの会長?」
「い、いや。元会長だ」
「今は違うの?」
「息子に譲った」
「息子は優秀?」
「そりゃもうね……。私の代で限界を迎えていたというのに、ここまで大きくしてくれたのだからな」
「息子が魔術師だったり?」
「フ……まぁ、そう、だな」
なんだ、この歯切れの悪さは。妙に引っかかる。魔術師じゃなかったら何なの。
地下への階段を降りると、小さな鉄の扉があった。
「店主はここにいる」
「こんなところに監禁してどうしたかったのさ」
「契約に関する話をね……」
「まだ言うか」
確かにこの扉の奥に小さな魔力反応がある。だけど、この扉は転移破壊。
虫食いみたいに消してやると、元会長が慌てて階段を登って逃げていく。
「ひいいいぃっ!」
「逃げないで」
何かされても面倒だから、私と一緒にいてもらう。転移で引き戻しては階段を登り、引き戻しては登り。三回くらい繰り返してようやく逃げられない事に気づいた。
「はぁ……はぁ……。何が、どうなって……」
「お年なんだから無理しないで。それよりあれがスリンプス商店の店主?」
地下室で店主はぐったりと倒れているだけじゃなくて、嘔吐物を掃き散らしていた。失禁の跡も生々しい。周囲にはおびただしい数のボトルが散らばっている。
「なに、これ……」
そして私は違和感に気づいた。建物内を魔力感知で探った時に、魔術師と思える生物がいなかった事に。
お兄様達みたいに魔力の調整がうまくて隠している? 息子が魔術師は嘘? でも確かに二階で人間の魔力反応があった。
このディダクタル商会、一体何をやらかしているのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます