第64話 ディダクタル商会 1

「いくらなんでも遅すぎる」


 一人、ぼやくほど私は焦っていた。残り半数の部屋に搬入する予定のベッドがまだ出来てない。

 確認しに行くたびに、まだ待ってほしいなんて言われる。王都内でも優良の店だから信頼していたのに。

 今日、転移して確認しに行ったら留守だった。営業日な上に休憩でもない。


「ミルカ。さすがにこれはおかしいから、ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃいませ。今日、お客様にお出しするとろとろチーズハンバーグをアリエッタ様にもご用意してお待ちします」

「わぁい! お肉大好き!」


「食らいつくすのです!」


 食らいつくしやがったら、影男にやったアレをフィムに決行するしかない。慈悲はない。


                * * *


 昼下がり、やっぱり店内には誰もいない。失礼だと思ったけど、室内を探索させてもらった。数日くらい掃除をした形跡もないし、これはまさか。


「嫌な予感がするなぁ」


 そういえば、納品の催促をするたびに青ざめた顔をしていた。おかしいと気づくべきだったんだ。

 ここの店主は確実に何かに巻き込まれている。あれは明らかに怯えていた。またまた失礼ながら、帳簿を拝借する。


「私だけじゃない。ずいぶん前から未納だらけだ……」


 こうなったら得意先を徹底的に回るしかない。この帳簿を遡ればわかるはず。転移して聞き込みを開始だ。

 一軒目。富豪らしきおじさんによると、やっぱり納品されていないらしい。おかげで結婚記念日にキングサイズのベッドで楽しむ予定が台無しだとか愚痴られた。

 二軒目。同業者らしきおじさんによると、納品してもらった特別室のキングサイズのベッドがひどい出来だったみたい。おかげでお客さんが楽しんでる最中に壊れたとクレームが来たとか。

 三軒目。高級宿の同業者。ようやくキングサイズのベッドを搬入した夜、男達が乱入してきてベッドをもっていかれたらしい。男達は自分達が先に発注したと言い張っていた。翌日に店主を問いつめようと、店を訪れたら無人だったと。

 キングサイズのベッド好きすぎでしょ。それはそうと、三軒目が重要だった。


「あいつら、確かディダクダル商会の連中だよ。王都内の宿を初めとした施設をいくつか経営しているみたいだけど、黒い噂が絶えない。スリンプス商店の旦那、もしかしたらあの連中に……」

「そのディダクタル商会について、詳しく教えていただけますか?」

「やめとけ。お嬢ちゃんなんかが関わっていい連中じゃない」

「関わりませんから教えて下さい」


 根負けした高級宿のオーナーがディダクタル商会について教えてくれた。商会だなんて名乗っているけど、その実態はほとんどマフィアみたいなものだ。目をつけた店に不利な契約を押し付けて乗っ取る。土地欲しさに立ち退かせる。

 しかも性質が悪いことにギリギリの範囲でやってるところだった。おまけに証拠も残さない。

 国から調査が入った事があったみたいだけど、何も掴めずに終わったみたい。その件を笠に着て、国に濡れぎぬを着せられたと言いふらす周到さだ。


「でも、不利な契約や立ち退きは違法では?」

「あくまで合意させて、自主的にやってもらうのさ。被害者が被害を訴えなければ事件にすらならない。手段は言わなくてもわかってるだろ? 歯向かおうとすれば、王都内に張り巡らせている根でからめとられる。それだけでかい連中さ」

「うーん、国の人達には頑張ってほしいなぁ。ミドガルズに頼もうかな?」

「ミドガルズはあくまで軍隊だからな。いわゆる管轄が違う」


 平和だと思ったけど、まさかそんなのがいたなんて。知らなければどうって事ないけど、知った上に私の宿の邪魔をしてくれた。二階のベッド、どうしてくれる。


「ディダクタル商会がどこにあるかわかりますか?」

「だから、やめとけって……。君なんかが行ったら、それこそ何されるかわからないぞ」

「いえ、行きませんよ。そんなに危ない人達なら、居場所くらい知っておきたいじゃないですか」

「それは確かにそうか」


 無事、場所は把握した。スリンプス商店の店主はきっとそこにいる。

 善良な人達の弱みに付け込んで脅し取る。絵に描いたような悪党集団だ。呆れ果てる。


「君も気をつけてくれよ。若い女の子にいかがわしい商売をさせているという噂もあるからな」

「いかがわしい商売?」

「……まぁ、わかるだろう」

「いえ、詳しく教えて下さい。私も宿屋をやってるので、今後の参考になるかもしれません」

「だったら尚更、参考にしちゃいけない! そんな宿になったら終わりだぞ!」


 なんか話がかみ合わない。悪党集団がやるような商売なんて商売じゃないから、聞かなくてもいいか。

 店とお客様が正当に合意した上で互いが満足する。これこそが私が求める商売だもの。ディダクタル商会の人がどんな考えか知らないし、押し付ける気もない。ただ私の邪魔をするなら容赦しない。

 そんな事を考えながら、ディダクタル商会の建物の前に着いた。


「二階建てか。思ったより小さい」


 悪の組織というからには、もっと巨大な建物を想像してた。その時、入口から数人の男達が出てくる。

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