第67話 ディダクタル商会 4

 このバウエルの魔術は私じゃなかったら、普通に認識を狂わされていた。どういう条件で発動するのか、今一わからないけど謎が深まる。

 バウエルの魔力は一般の人と同程度なのに、これだけの魔術を使えるのがわからない。しかも魔術には疎いときた。


「さーて、どこに隠してあるのかな」

「見つけられっこないさ。お前が諦めた頃に警備兵のお世話になっているだろうね」

「そうならないように気合いを入れて探しましょうかね」


 私の転移で逃げられないものの、バウエルは強気だ。あれだけの力を見せつけても、余裕がある。これくらいの胆力がないと、悪の親玉なんか務まらないか。

 でもこの人、まだ認識阻害が有効だと思い込んでるんだろうな。もうとっくに効かないから、見つけるのも時間の問題だ。


「転移っ!」

「うわっ! も、物が!」


 部屋中の家具や小物に至るまで、すべて空中に転移させて落とす。ドスンと重い音を立ててデスクが落ちた。羽ペンからメモ帳に至るまで、すべて確認してみる。


「ないなぁ」

「フフッ、フッフッフッ……」


 不敵な笑いを浮かべて、バウエルは余裕だ。念のため、バウエルの衣服を転移脱衣させて確認した。もちろん汚い裸は視界に入れてない。


「な、なんで裸に! 見るな!」

「言われなくても見ないから。ていうか悪党のくせに、意外とそういうところあるんだね」

「早くしろ! 私は持ってないからな!」

「そうみたいだね」


 このまま脅しかけて自白させようかとも考えたけど、過剰な事をやるとこっちが悪者になる。地道に建物内を探すしかない。

 部屋のものをひっくり返すように転移させての繰り返しだ。刻々と時間が過ぎていく。


「そろそろ諦めて謝罪したらどうだ? 私と手を組めばすべて水に流してやる」

「それこそまだ諦めてなかったんだ。悪党と手を組むわけないじゃない」

「悪党とはいうがね。こうしている間にも正直者が食われて、悪がのさばっているのだぞ。私なんぞよりも遥かに悪い連中が捕まりもせずに、のうのうと生きているのだからな」

「あなたはかわいそうだね」

「何だと?」


 また一つ、部屋の探索を終えた。こうしている間にも、私は気づいた事がある。

 この建物、一か所だけ不自然な箇所があった。宿屋を建てた私だ。初見の建物内でも、探索すれば頭の中で見取り図を描ける。そんな中で見つけたのが、いわゆる隠し部屋だった。


「悪い事よりも素敵で気持ちいい事を見つけられた私が幸運ってところかな」

「そんなものがあるものか!」

「あるんだね、これが。教える機会があればよかったけど、あなたは裁かれる立場だからダメ」

「裁かれる? どう見ても、お前がその立場だが?」

「この辺りかな?」


 壁を押すと、扉みたいにぽっかりと口を開けた。構造的にここ以外に、隠し部屋へ通じる入口がない。

 普通の壁にしか見えない上に、バウエルの認識阻害まで加われば発見されないのも当然だった。


「あっ! クソッ! 待て! 話し合おう!」

「話し合う気ならクソッとか言わないで」

「この! このっ!」

「素通り、素通り」


 ナイフを振り回して攻撃してくるけど無視だ。探せばあるある、汚そうなお金に裏帳簿。

 パラパラとめくると、ぶっちぎりで違法な取引の内容が赤裸々に綴られていた。


「チクショウ! 誰かいないのか! こいつを止めろッ!」

「まだ気絶してるんじゃないかな。目覚めてもこの建物から出さないけどね」

「お前、一体何者なんだ! せっかく魔術に……魔術に、ん?」

「どうしたの」

「この魔術は生まれ持ったもの、か?」


 なんか勝手に混乱してる。こっちが聞きたい。このバウエルについては謎が多いし気になるけど、解明するのは私じゃない。

 とはいえ、認識阻害の魔術を持つ人間なんて警備隊にも手に負えなさそう。裏帳簿を眺めながら、どうしたものかと考えた。


「認識阻害で不利な契約させて、すごい利益を得ているね。これなんかもう強盗としか思えない収入だよ」

「私の魔術はどこで……どこで? いや、これは私が生まれた時から……」

「ちょっと! 気をしっかり!」

「はっ! あ、あぁ……」


 悪党を気にかけるのもどうかしてる。そもそも、いきなりどうしたんだろう。

 昔の事を思い出せないのかな。昔の記憶が。記憶?


「この人、まさか……」

「私としたことが……。落ち着け、この魔術は生まれ持ったものだ」


 この記憶の曖昧さが持病か何かじゃないとしたら。意図的に誰かに施されたのだとしたら。

 だけど今、ここで触れるのは危ない気がした。それは私よりもきっと適任がいるはず。


「……とにかく、あなたを任せる人が決まったよ」

「この私を? いくらでもごまかせる」

「そうかな。その人なら何となく、あなたに対応できそう」

「そんな奴が?」


 初めて動揺した気がする。確信はないけど、賭けるしかない。

 治療院側がスリンプス商店の店主を保護して、メモ書きから事情を知ったはず。マルセナお姉様が対応してくれたら、すぐにここに警備隊がやってくる。

 認識阻害のこいつはもういないから、残る暴漢程度なんてすぐに逮捕だ。


「さ、行くよ」

「い、一体どいつなんだ! そんな奴いるのか!」


 ようやく私の力を信頼してくれたかな。私がやる事に怯えだしたのが証拠だ。

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