第68話 悪は滅ぶ

「よく住所がわかりましたな」

「非番の時にすみません。バトラクさんは人気者みたいですし、近所の方に聞いたら親切に教えてくれました」


 ミドガルズの魔術師達は隊舎に住んでいる場合もあるけど、バトラクさんは普通に一軒家持ちだ。

 だけど、国内一のエリート部隊に所属しているとは思えないほど質素な外観の建物だった。比較的、緑が多い王都外れにポツンと建っている。

 非番の時は無償でいろいろな人の手伝いをやっていて、街では人気者だとか。


「なるほど。そのバウエルという者の処遇を考えてほしいと」

「彼の認識阻害は危険です。警備隊に引き渡すのは危険だと思いました」

「しかし、なぜ私が適任だと?」

「すみません。なんとなく、です」

「ホッホッ……これは恐ろしい」


 好々爺そのものだけど、目は鋭い。前にも感じたけど、すべてを見透かしてきそうだ。

 魔力を肌で感じるたびに、その手の圧をかけられている気がした。予想だけど、これは魔術式にも関係していると思う。


「アリエッタ殿、もし私が断ったらどうされます?」

「無理なら適した引き渡し場所を教えていただきたいです」

「もっともですな。仕事柄、見過ごすなどありえません」

「ですよね」


 言ってしまえば、この質問すら茶番だ。私が嘘をついても、きっと見抜いてくる。

 バトラクさんがバウエルの目を覗き込むと、さすがに萎縮していた。肝が据わった悪党すら怯えさせるわけだ。


「あなたはどこから来たのですか?」

「この王都の生まれだが?」

「嘘ですな」

「なっ!」


 ハッキリと嘘と言い切った。影男を尋問した時と同じだ。やっぱりこれ自体に魔術式が関わっている。だって今、魔力が揺らいだもの。

 そこからがすごかった。あらゆる質問をぶつけては嘘を見抜く。影男にそうしたように、出身地を特定しつつあるのもさすがだ。

 一時間ほどの尋問でバウエルはすっかり焦燥したように見えた。


「アリエッタ殿。やはりこの男も何らかの記憶操作を受けている可能性があります」

「じゃあ、やっぱり例の……」

「どちらかというと、この者は実験される側といったところでしょうか。猿達といい、この男といい……どうも魔術を後天的に与える実験のようです」

「あの猿達が!? 目がない猿とか岩の猿とか、あとなんか分離する猿も? あと体がアンバランスなのもいたっけ」

「あれらが成功作とも思えませんな。しかし、この男の場合は少ない魔力で魔術式に相当する魔術を行使しています。これが一番の問題です」


 バトラクさんがコーヒーを一口だけ啜る。バウエルにも差し出されていたけど、一口も飲んでいない。


「これが成功の布石だとすれば、ウィザードキングダムは人工的に魔術師を作り出そうとしている……という仮説が成り立ちます」

「人工……魔術師。いや、人工魔術式?」

「それも魔術師ほどの魔力がなくても使えるとなれば……。あまり良くない気はしますな。そこのバウエルが肝心な記憶を消されているので、これ以上の埃は出ないでしょう」

「でも、逮捕ですよね?」

「えぇ、ご協力ありがとうございます。これからの後始末はお任せ下さい」

「助かります」


 何はともあれ、これでディダクタル商会は終わりだ。王都中に根を張り巡らせているとかいってるけど、大元を断てば意味がない。

 後はスリンプス商店の店主の容体が心配だから、治療院に向かおう。


                * * *


「重度のアルコール依存で一時は危うかったわ」


 マルセナお姉様の命活術で、店主の意識が戻っている。だけどまだ万全とはいえなくて、あと一日の入院は必要みたい。


「アリエッタちゃん……。迷惑かけちゃったね」

「気にしないで下さい。悪党が悪いに決まってますから」

「最初は断ったんだけど、脅しが過激になってきてね……。あいつら、大量の発注をしてきた上に自分達を優先しろとか言ってさ。他の注文が滞っちゃったんだ」

「それで店主があいつらと話をつけようとしたら、本拠地に誘われたと?」

「えらく友好的な雰囲気だったから、こっちも安心しちゃってさ。酒をつがれては飲まなければ暴力だし……」


 バウエルを転移破壊したくなるほどひどい話だ。あの商会は暴漢含めて捕まっただろうし、厳正な裁きを下してほしい。


「でも、なんであいつらはそんな回りくどい方法をとったんでしょうか」

「私が酒の飲みすぎで死んだように見せかけるためさ。他殺だと足がつくからね。死体になれば、あとはどうとでもなるんだろう」

「これまでに何人も犠牲になったかと思うと許せません」

「でも君が食い止めた。この事実を知れば、王都に住むすべての商売人が君を褒め称えるだろうね」

「え、そ、そうでしょうか」


 私が乗り込んだ事を知ってるのはバトラクさん、エセ執事に取り巻きの暴漢。そしてバウエルだ。バトラクさんはともかく、バウエルあたりが私の事を喋る気がする。

 それでなくても、商会に入る際に目撃者を作っていた事を思い出した。つまり私の活躍が拡散される可能性は十分にあるわけだ。


「ディダクタル商会を一人で潰した少女なんて、これ以上ない宣伝だよ。君の商売も繁盛するかもしれないな。ハハハッ!」

「宣伝にもなる、かなぁ?」


 出来れば宿屋としての知名度が上がるのが理想なんだけどな。

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