第44話 レグリア王国術戦部隊ミドガルズ 2

「皆様、朝食を食べた後は宿をお発ち下さい。王都へ転移させたエバイン達がまたやってくるはずです」


 昨日のエバインのセリフからして冒険者の方々にも迷惑がかかると思った。

 ここにいたら、やってきたエバイン達に難癖をつけられる可能性がある。だから、早々に宿から逃げてほしかった。

 ここからいなくなれば、さすがのエバイン達もわざわざ探そうとも思わないはず。


「君はどうするんだよ。まさか戦うのか?」

「場合によってはそうなります。昨夜は進撃隊の方々に不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

「馬鹿な事を言うんじゃない! だから昨日、我々が引けばよかったのだ! それで済んだ話だ!」

「そうではありません」


 私は宿の仕事に誇りを持っている。あの人の影響で始めたものの、やってみてやりがいを感じた。

 自分の手で場所を作り、誰かを喜ばせる。料理をおいしいと言ってもらえる。些細な事かもしれないけど、これがあれば絶対に続けられると思った。

 憧れから生き甲斐を見つけられるなんて、誰にでもあるわけじゃない。私なんかにこんな幸運が訪れていいのかとさえ思う。

 だからこそ、この宿そのものは誇りだ。誇りを持って仕事をしているなら、たとえ国が相手だろうと特別扱いはしない。


「私にとって、お客様は大切な存在です。それはこの宿も同じ事……。国に仕える騎士が命をかけるのと変わりません」

「君は騎士ではないだろう! 殺されてもおかしくない状況なのだぞ! ミドガルズは単に魔術式が刻まれているというだけでは入隊できない! コネなど一切存在しない! 各界のエリート中のエリートが厳しい試験を潜り抜けて、ようやく末席に座れるほどなのだ!」

「では私の魔力を解放すれば、信じていただけますか?」

「何を……」


 冒険者達が見えない何かに押されたかのように、後方へとバランスを崩しかける。テーブルや椅子に手をついて何とか転ばずに済んだけど、うまく立てない。

 金色の荒鷲のレクソンさんが片手で顔を遮るように守り、ウォルースさんは堂々と受けて立っていた。


「乱暴な形での披露となってしまいました。すみません。これが私の魔力です」

「……そうか。あの時、ここで感じた魔力は君のものかい」

「あの時は申し訳ありません。魔術師であるウォルースさんなら、私の魔力の高さを理解していただけたかと思います」

「理由は聞かない。今のは全力じゃないよな」

「はい。少しだけです」

「そっか……」


 呆れたように吐き捨てたウォルースさんが椅子に座る。レクソンさんといい、どうもこの人達は初めから出ていく気がないみたいだ。


「只者じゃないとは思ってたが化け物だな。君なら楽に激昂する大将を討伐できただろう」

「そうかもしれません」

「で、その魔力をもってミドガルズの奴らと戦うのか?」

「極力、そうならないよう努力します」


 レクソンさんは目を閉じて、ケイティさんは相変わらず無表情だ。

 唯一、シャーロットさんが立ち上がって私の隣に来た。


「いいよ。私、アリエッタちゃんがミドガルズを撃退するところが見たいな」

「シャ、シャーロットさん?」

「自分が強いと思ってる魔術師が青ざめる瞬間が見られるなんてラッキーだよ。ね?」

「えぇ……本気ですか」


 出身国でシャーロットさんが不当に扱われた話は聞いたけど、まさかそこまで憎んでいたなんて。

 吹っ切れたように見えて、やっぱり根に持ってるのかもしれない。それとも私を気づかって、というのは考えすぎか。


「そもそもアリエッタちゃんは何も悪い事してないじゃん。ワガママを言った客を追い出しただけ。それが国が相手なら報復だの重罪だの……私を失望させるなよ、レグリア王国」


 歯ぎしりをするシャーロットさん。この憎しみ、私が想像もつかない経験をしてきたに違いない。


「ま、君の力が見られるなら尚更ここにいてやるけどな」

「レクソンさんまで……」

「レクソンの野郎は冷たいねぇ。お世話になった人を見捨てるなんざ、人としてありえねぇ。どうしてこれが言えないかな」

「ウォルースさん。見捨てるなんて、とんでもありません。まさか加勢なんてしないですよね?」

「弁解するなら一人でも多いほうがいいだろう? さすがに奴らもギリギリまで手荒な真似はしないさ」

「た、確かに……」


「そうだな。つまり出ていく理由など初めからない」


 進撃隊や他の皆も同じみたいだ。あれ、なんだか目頭が熱くなってきた。冒険者の皆が私を見ているというのに、泣くわけにはいかない。


「君がそんなにすごい奴なら、俺達にとっても嬉しい」

「そうそう。もし魔物にやられるようなら、この宿もなくなっちまうからな」

「まぁそんな心配は通り過ぎてるが……」


 私はお客様に感謝されるだけでも嬉しいと思ってたし、冒険者の人達も同じだ。

 この人達も私に感謝していた。自分がやった事がこんな形で報われるなんて。気づかなかったなんて。魔術式の研究ばかりしているからこうなる。


「しけた雰囲気だな! せっかくの朝食がまずくなるぜ!」

「食おうか!」


 ウォルースさんがピザトーストにかぶりついた後、皆も釣られて食べ始めた。

 私はというと厨房に行く振りをして、涙腺が限界を迎える。


「私もアリエッタ様に一生ついていきます」


 ミルカがハンカチを差し出してくれた。

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