第3話 転移魔術の強さ

「転移ィー!」

「どんな寝言ですか。おはようございます」




 窓から朝日が差し込んでいる。どうも研究室の机に突っ伏して寝ていたらしい。

 朝食が乗ったトレイを持ってメイドのミルカが傍らに立っていた。


「おはよう……。昔の夢を見てたっぽい」

「ご主人様と約束した日の夢ですか? もう十年も経ちましたね」

「私も今や年頃の女の子か……。遊びもしないで魔術、研究、転移、魔術、転移転移転移ィ……アアァーッ!」

「気を確かに」


 お父様が建ててくれたこの研究棟には生活に必要な設備が一通り揃っている。

 魔術に関する書物や魔導具も完備されていて、知識についても不足ない。

 最初こそ代々ルシフォル家に仕えている魔術師が指導してくれたけど、すぐに一人立ちを認めてくれた。




「私の才能を認めたとか言ってたけど、今思えば転移魔術なんて手に負えなかったんだろうな」

「そ、そんな事ないですよ」


 魔術師としての知識や技術は王都の魔術学園で得るルートもある。でも、私の家系ではほとんど誰も行かなかったらしい。

 お父様曰く、学園の教育には無駄が多い上にメリットがない。学園で得られる程度の知識ならここに揃っているし、各自必要に応じて学習しろという事だった。

 学園卒業というだけで各界隈からは引く手も数多らしいけど、うちはそれでなくても数多なので称号としての価値もないとか。


「ミルカ。毎朝、ありがとね」

「ありがたきお言葉です」


 ミルカはお父様が私に気を利かせて雇ってくれたメイドだ。同い年のおかげか、ほとんど友達感覚で接している。

 私の専属メイドとして、こうして研究棟に籠っている私の身の回りの世話をしてくれるから頭が上がらない。


「さて……。今日はついにアレを決行するわけで」

「転移魔術で魔物討伐ですか?」

「十年間の成果を発揮する時が来た。長かった……本当に長かった……」


 屋敷に戻って家族で食事をした事もあったけど、基本的にはずっとこの研究棟に籠っていた。髪も伸びてロングなヘアーだ。


「何にしても、身だしなみは重要ですよ。せっかくの綺麗な銀髪がボサボサです」

「いいって。魔物討伐にそんなもん関係ないし……」

「それでも、です」


 生活面の管理はすべてミルカがやってくれている。これは本当に助かっていて、おかげで魔術に打ち込む時間が大幅に増えた。

 私の転移魔術の完成は、ミルカなくしてあり得ない。


「……本当にやるんですか?」

「十年間、どうやってお父様を認めさせるか考えてたんだけどさ。世の中には危険なものがたくさんいると言ってたから、これしかないと思ったよ」

「すごい魔物を討伐してババン! と見せつけるわけですか」

「そうそう。だけど最初だからね。弱い魔物から少しずつステップアップしていく」


 というわけで最初はアリューズの森に決定した。下級の魔物ばかりでルーキー冒険者の憩いの場としても有名らしい。


「じゃあ、お昼までには帰るから!」

「はい、いってらっしゃいませ」


 転移先、アリューズの森。いざ!




                * * *


「空気がおいしい!」


 到着したアリューゼの森の空気を思いっきり吸う。たまには外に出てみるものだと、大自然が実感させてくれた。


「さぁて……。え? なに?」


 空中に突如、現れた黒い歪み。揺らぎながら膨張して雷のようなものを帯びる。

 周囲の草木が強風にでも煽られたかのように揺れて、歪みから逃れようとしているようにも見えた。


「……ようやく出られた」


 前足が黒い歪みから出てきた。獣の爪だ。何か、とてつもないものが姿を現そうとしている。


「長かった……。あの日からどれほどの時が流れたか」


 その怪物は、余裕で私を見下ろす。四足歩行にも関わらず、だ。

 虎みたいな頭だけど、目が左右に三つずつ。紫色の体毛に黒の斑模様が不吉なイメージを与えてくれる。


「こんなところにニンゲンがおるとはな。失せろ」


 前足の一振りで地面が削がれて、森の風景が一変した。突風、真空波。一撃の余波が更に被害を拡大させる。

 肝を冷やしたけど、どうやら私の魔術は成功したみたいだ。


「……無傷だと?」

「あなたは?」

「どういう事だ? 我の攻撃が素通りしただと? そうか! その魔力……貴様、魔術師か! なるほど!」


 化け物が飛び跳ねて後退した。何かスイッチを押してしまったかも。


「フフフ! 久しぶりに帰ってみれば小娘ェ! 楽しませてくれるかッ!」


 大口を開けた途端、眩しくなる。爆音と周囲の破壊以外、何も認識できない。

 いよいよ下級の魔物じゃない。もしこれが下級なら、私ごときが魔物討伐なんて身の程知らずも甚だしい。


「な……! 何ッ……!」


 私の周囲以外は何も残っていなかった。のどかな森は完全に地表ごと削り取られて消えている。

 だけど"転移層"のおかげで私が怪我をするとか、危険度が高いものは素通りする。正面から来たものは後ろに、左右から来たものは左右に。転移先に障害物があった時は跳ね返る

 流せる方向が決まっているので単純な分、極めて少ない魔力で発動可能だ。試行錯誤の結果、常時発動が可能になった。


「貴様、何者だ!? ただの小娘ではあるまい! ならん……この我がこんな小娘に良いようにされるなど、あってはならんっ!」


 こうなったら、やるしかない。持ってきたのは屑魔石を加工した球だ。転移魔術の練習台としてずっと使ってきたこれを、化け物の頭に"瞬転移"させる。


「ンガッ……!」


 化け物の頭の一部が消失する。消失した部分には球だ。これを化け物の体の至る所に連続で転移させる。

 前足の付け根、胴体、ありとあらゆる場所が球状の空洞になった。


「グッ……こ、の……魔獣、バンダ、ル、シ……ア……が……」


 化け物は大した断末魔の叫びすらもなく、巨体を横倒しにした。どうやら勝てたみたいで一安心。

 転移術は、普通に転移しても障害物を避けてしまう。これじゃ身を守るだけで、厳しいお父様は納得してくれない。そこで魔術式を工夫して障害物の中に転移させられないかと頑張った。

 実現してみれば転移先にある障害物は、転移してきたものによって破壊される。試行錯誤の結果、優先権みたいなものが転移物に発生するようになった。

 転移速度を極限まで上昇させて、この転移破壊を実現させる。これが私が思いついた攻撃方法だ。


「しっかり魔物にも通用した! よーし……ひっ!?」


 喜んだものの、手元に戻した球が血塗られていた。

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