第4話 魔術式
「普通に転移しても、障害物は避ける。だったら、障害物そのものに転移させたら……と思い立ったわけ」
「それが転移破壊ですか。なるほど、それなら魔物討伐もできますね」
この十年間、献身的に支えてくれたミルカに真っ先に報告した。
何度も試行錯誤を繰り返して、ようやく完成したものが魔物にも通用する。
それが本当に嬉しくて、こうしてお話してるだけでも楽しい。
「何度やっても障害物内に転移しなくてさ……」
「でも、お嬢様は乗り越えたんですね」
「十年もかかってね」
魔術が使えないミルカでも、私がやった事に絶句する。
調べてわかったけど歴史上、本当に転移魔術の魔術式が刻まれた人間はいなかった。
お父様が目の色を変えるのもわかる。何せルシフォル家の逸材が冒険者の宿屋だ。お父様に同情してしまう。
「お嬢様。前から気になってたのですが、魔術式とは何でしょう?」
「魔術を使用するのに必要な手順かな。魔術ってね、トンデモパワーに見えて意外と理屈っぽいの」
「その式が刻まれている、というのは?」
「んー……簡単に言うと、その魔術に対する適正かな。もしくは近道」
「近道?」
「魔術って理論上、魔力があれば誰でも使えるの。例えばお父様が得意な雷獣術でも、魔術式……手順さえ踏めば使える。
だけど、その手順がややこしくて適正がないとせいぜい初歩的な雷獣術しか使えない。それも膨大な時間をかけてね」
初歩的な雷獣術でも、魔術式がなければ習得は至難の業だ。だけど雷獣の魔術式が刻まれているお父様なら、子どもの頃から呼吸のごとく使える。
そこから更に研究するのだから、生まれながらにして魔術式が刻まれている人が強くなるのは当然だった。
「魔術式がないのにその魔術を使おうとすれば、暴走事故なんかも起こる。まぁ私は刻まれていながら暴走したけど!」
「暴走……」
「あ、気にしないで。結果的にはよかったんだからさ」
少しの間、ミルカが沈黙してしまう。あの時はミルカが大泣きして大変だったと聞いたっけ。
今回の事も口には出さないけど、本当は魔物討伐なんか反対だったのかもしれない。
「……ミルカは料理が得意だよね」
「は、はい? そうですね」
「じゃあ、ミルカには料理の魔術式が刻まれている」
「なんですか、それ!?」
「例えだよ。料理だって出来ない人は出来ないでしょ。だけど魔術式が刻まれていれば、ミルカみたいに得意なものに出来るってこと」
転移魔術の研究をしている間は、こういう話をする機会もなかった。
ミルカも聞きたかったのかもしれないけど、遠慮していたのかな。こんなに明るく振る舞うミルカは久しぶりに見たもの。
「さて、と。お父様とお母様に成果を見てもらわないと」
「成果ですか?」
「あの魔物、結構すごかったからね。死体を見せて報告すれば納得してもらえるかもしれない」
「死体もってきたんですか……」
「訓練室に安置してある」
ミルカが絶句した。まさか起き上がったりしないだろうし、きっと大丈夫。
* * *
「魔獣……バンダル、シア……」
お父様が床に膝をついて、お母様が卒倒しかけてミルカに背中を支えられる。予想以上の反応をされてしまった。
「アリエッタ、お前……。これを、どうやって……」
「えっと、こんな風にね」
転移層を見せて、更に転移破壊を魔物の死体を使って少し実演して見せた。お父様が後ずさって、お母様が立っていられなくなる。
「エリザ!」
「お母様!」
「あの気丈なエリザがこうも……。アリエッタ、お前をそんな風に育てた覚えはないぞ」
「待って、お父様。落ち着いて」
気が動転しすぎて変な矛先が私に向いている。この二人がこんなにも動揺するほどの事態だったか。
確かに今考えれば、尋常じゃない攻撃だった。一撃で森が半壊するとか、冷静に考えなくてもおかしい。
「こいつは古の賢者が空間魔術を使って、異空間に閉じ込めた魔獣だ。魔獣バンダルシア……かつて世界を暗黒に落とした破壊の王の名を冠している。
その眷属の生き残りではないかとご先祖様が残した古文書に書き記されていたが、詳しい事はわからん」
「空間魔術は古の賢者以外に使えた者はいない……。それほどの力を持ってしても討伐は叶わなかったのです」
「お父様、お母様。そんなもんがなんでアリューゼの森に?」
「おそらく長い年月をかけて、異空間から帰還した先がアリューゼの森だったのだろう。そこへお前がたまたま出くわしたわけだ」
「そんな偶然ある?」
ハンカチで顔中を拭いながら、お父様は魔獣の死体を観察する。死体だというのに、あのお父様が警戒しているのがわかった。
ミルカは落ち着いたお母様から離れて、ずっと私の側だ。ひとまず肩を抱き寄せて、気を落ちつけた。
「雷牙ッ!」
いきなりお父様が片手に雷を纏わせて、魔獣の死体に放つ。突然の事でミルカがまた怯える。
「まったく受けつけんな。まさしく化け物だ」
お父様の魔術を受けても、魔獣の毛皮には何一つ変化がなかった。毛一本すら焼き焦げていない。
「死体だけでもわかる。姿形は多少、古文書と異なるがこの毛皮……生半可な魔術では話にならん。一級魔術師が数十人で足りるかどうか」
「そ、そんな」
「こいつが暴れ出せば、騒ぎどころではなかった。確認は出来んが、どこの人里も被害を受けていないと信じたい……。というわけでアリエッタ、お前は人知れずこの国を救ったのだ」
「ウッソでしょ……」
「そこで、だ。お前のような存在が知られたなら放っておかれるはずがない」
嫌な予感がする。お父様が怖い表情をして、私から目を離さない。
「今回の件を陛下にお話しすれば、事態は大きく動くだろう」
それはきっと私が望まない方向だ。ここにきて反対されるなら、私にだって考えがある。
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