第5話 両親に認めてもらう!

 ひとまず屋敷に戻り、リビングのソファーに腰を落とす。

 私とお父様、お母様が対面して周囲にいる侍女達が不安そうに見守っている。そんな中、ミルカがコーヒーを運んできた。


「ありがとう、ミルカ……んぶふっ! あっついぃ!」


 お父様が熱々のコーヒーを一気飲みしようとして大惨事になる。どうやら、まだ動揺しているみたい。


「ぬぐぉぉ……水、水を……」

「はい、ご主人様」

「さすがミルカ、お前は最高の侍女だよ」

「ありがたきお言葉です」


 この手際の良さがミルカだ。もはや未来余地の域だった。正直、私なんかの専属じゃもったいない。


「さて、気を取り直して……。アリエッタ、はっきり言おう。お前の転移魔術をどうこう出来る者は国内にいない。

そして知られてしまえば、様々な困難がお前を襲う。利用しようとする者、脅威として命を狙う者が出るのは確実だろう」

「えぇー……」

「私が陛下にお前を推薦すれば、宮廷魔術師への道が開かれるだろう。そうなれば身の安全を含めて国から様々な保証を得られる」

「お父様の意思は尊重したいけど……気持ちは変わらないよ」


 お父様は正しい事を言ってるけど、裏を返せばしがらみが強くなるという意味もある。それは私が欲しいものじゃない。


「何かを得るなら何かを捨てるしかない。十年を費やした代わりに失ったものもあると思う。だけどそれは私が欲しいものの為の十年だもの。今更、無駄になんかしないよ」

「ならば、まずは自分の力と立場を自覚しなさい」

「転移魔術について?」


 お父様は無言で頷く。私が少しだけ黙っていると、寡黙なお母様が口を開いた。


「アリエッタ。私達はあなたが挫折すると思ってた。お父様も裏で資料を集めていたけれど、成果はなかったわ」

「こ、こら! 母さん!」

「大丈夫。橋渡し役であるミルカには口止めしておきましたから」

「ぬぅぅ……」


 お父様が慌ててお母様を制する。やっぱり心配してくれていたんだ。


「あなたは転移魔術を自分のものにした。私達に認めさせたいという一心で……いえ、夢の為に。そんなあなたにこれ以上、何か言えるはずもない。ねぇ、あなた?」

「あぁ……。この十年間、どうしたものかとずっと考えていた。ルシフォル家として、宿屋を認めるのはどうかとな」


 お母様が苦手だった。いつもお父様の傍らで厳しい顔つきをしていたからだ。だからこそ、怒るとお父様以上に怖い。

 でもそれはお父様と同じく、ルシフォル家の人間として振る舞っていただけだ。今ならわかる。


「ルシフォル家である前に、私達も人の親だ。お前は約束を果たした。やりたいようにやってみなさい」

「お父様!」

「今まで大した事が出来なくてごめんなさい。だからせめて私達はあなたの夢を応援します」

「お母様!」


 食事をしていても、いつも張りつめた表情をしていたお父様も柔らかく笑う。夢以上に、二人にこんな顔をさせられたのが本当に嬉しい。

 思えば子どもの頃は何もわかってなかった。


「ミルカ。お前には引き続きアリエッタの世話を頼む」

「えっ……い、いいいいい……いいんですかぁ!」

「動揺するほど嬉しいか」

「そりゃもう! 私の生き甲斐ですから!」

「生き甲斐!?」

「生き甲斐ってぇ!」


 突っ込んだのはお父様だけじゃなく私もだ。確かに小さい頃からの付き合いだったけど、それはあくまで仕事としてだった。

 この屋敷の使用人は希望者が多くて倍率が高いけど、生き甲斐とまで言い切るとは。


「ミルカ。アリエッタは寝起きなのに身だしなみすら整えずに研究に没頭していたのだろう?」

「はい! 暑いからって下着一枚で寝て起きてそのまま研究してた事もあります!」

「どこでもすぐに寝てしまってベッドまで運んだんだろう?」

「はい! お風呂場の時は本当に困りました!」

「どうして今そういうこというの?」


 そんな事まで報告されていたなんて、ミルカは私をどうしたかったんだろう。私はただ夢に向かって頑張っていただけなのに。夢中になって徹夜するから、そりゃどこでも寝る。


「宿屋もいいがミルカの言う事は聞くんだぞ」

「はい。どこまでも頼りにする」

「どこまでも頼りにさせます!」


 ありがたいけど、この執念はすごい。どこまでも頼らせるのか。


「よかったですね、アリエッタ様。これで念願の宿屋を始められますよ」

「本当によかったよ。でもミルカ、いいの?」

「お給料いいですからね。ここの侍女でよかったです」


 いたずらっぽく舌を出すミルカ。給料という現実的な材料を拾えば快諾した辻褄は合う。歯は磨かないでほしいけど。

 気を取り直して、感謝の意味を込めて両親に頭を下げた。


「お父様、お母様。こんな私のワガママを聞いてくれてありがとう。ルシフォル家の娘に恥じない実績を見せる事ができなくてごめんなさい。それでも……私は二人の娘として、誇りを持って生きる」


 お父様が目元に片手を当てて、お母様が俯く。

 湿っぽい雰囲気になっちゃったけど、二人の気持ちを考えたら仕方ない。私はいい家に生まれた。


「何もしてやらんわけにはいかないな……。わずかだが、とっておけ」

「こ、こんなに?!」

「何を驚いている。娘が自立するのだぞ」

「だって研究費や設備で十分、貰ってるよ……」

「黙って受け取っておけ」


 言いたい事はあるけど、これ以上の問答はお父様のプライドに触れるのでやめた。


「お父様、お母様……。私、頑張る」


 湿っぽくならないように気を使ったけど、私の涙腺も少し危うかった。これはもう、どんな困難があってもやり切るしかない。それが二人への恩返しだ。

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