第2話 宿屋さんをやりたい
「将来は冒険者の宿屋さんになりたい!」
あれから数日後、私は思いきって両親に将来の夢を話した。魔術師の名家、ルシフォル家の当主であるお父様にとって楽しくない話だ。
あんなに怖い思いをしたのにやりたい事だけを優先する。本当に子どもだった。
「冒険者の宿屋、か」
当然、お父様のテンションは低い。貴族であるルシフォル家の人間なら、それ相応の地位を求められるからだ。ましてや冒険者の宿だもの。
「お前に刻まれた魔術式は『転移』だ。これはかなり珍しいんだよ。転移はいろいろな場所に一瞬で移動できるから、人の役に立つ。すごいだろう?」
「うーん……」
「お前の兄や姉は、それぞれ自分の魔術式に合った仕事をしている。と、子どもには難しいか」
体内に刻まれている魔術の資質は生まれながらにして決まっている。
判別できる年齢には個人差があるけど、私の場合は七歳でわかったらしい。自分や対象を転移させる魔術式。
あの事件以来、私は魔術に対していいイメージが持てなくなっていた。
両親も私を気づかって、無理に魔術を教え込むような事はしない。せいぜいうっかり使わないように、厳重注意されただけだ。私のほうも絶対に使うもんかと決めていた。
だけど口振りからして、かなり歯がゆい思いをしていたんだろうな。
「お前の魔術式ならば王族も気に入るだろう。安易に将来を考えてはいかん」
仕方がないけど、こういう話になるならお父様は貴族としての立場を第一に考えた。
実際、兄姉も運命を受け入れて巣立っている。お父様だって子どもの頃から、そうしてきたんだと思う。この家に生まれた以上、逆らえないんだ。
だけど私は本当に子どもだった。
「私は困っている人が安らげる場所を提供したい……」
「あの事がきっかけか?」
図星だった。何も言い返せない私の態度が肯定したようなものだ。
危険な仕事をしている人達を、あんな風にもてなしていたあの人に強い憧れを抱いた。
あの時、私の中で何かが変わったんだと思う。男の子が英雄に憧れるように、女の子がお姫様に憧れるように。
私の場合はあの人、冒険者の宿屋だったというだけの事だ。
「お前はまだ子どもだ。ひとまず転移魔術を磨きなさい。少なくとも、暴走させているようでは話にならん」
「でも私、お兄様やお姉様みたいに魔術をうまく使えないもん」
「最初から決めつけるな。魔術式が発覚した時はあんなに喜んでいただろう。あの時の気持ちを思い出せ」
確かに嬉しかった。憧れの魔術師、しかもお兄様やお姉様と一緒だとはしゃいだ。
あの時の気持ちを思い出した時、大好きな魔術を嫌いになりかけていた自分に気づいた。
「……私、魔術をがんばる」
「それでいい。まずお前が言う冒険者の宿屋は強くなければ成り立たない。世界には魔物や盗賊など、危険なものがたくさんいる。何の力もないお前がそんなものをやっていけるほど、世の中は甘くない」
「じゃあ……強く、なれば?」
お父様は片手を見せつけて、雷を纏わせる。変幻自在にいろんな形を見せつけて、その度に光がリビングを照らす。
「私が扱うのは雷獣術。宮廷魔術師をやっていた頃は"雷獅侯"と呼ばれていたものだ。
こういった力がすべてとは言わん。ただし力がなければ失うものもある。認めない者もいる。それを嫌というほど知った」
七歳に語りかける内容じゃない。実際、私は何も言えずにいた。
「お前用に建設している研究棟がもうすぐ完成する。まずはそこで転移魔術を磨け」
「けんきゅうとう!」
兄や姉達に用意されているものが、自分にも与えられる。それが嬉しくて、残りの話はほとんどスルーしてた覚えがあった。
「長男……お前の兄も昔は料理人になりたいなどと言っていた。しかし今は炎の魔術を極めて、宮廷魔術師になった。成長すれば違ったものが見えてくるだろう」
「けんきゅーして力をつけて、みとめさせる!」
「とはいえ、お前は暴走事故を起こしている。信用できる教育係りをつけてやるから、まずは……」
「みとめぇ! させるっ!」
「おい、話を聞いてい……」
なんか言ってた気がするけど、あの日のテンションはすごかった。
広い屋敷、広い庭。よく迷子になるのも忘れて、どこに建っているかもわからない研究棟を目指したんだから。
案の定、迷子になったところをメイドさん達に保護されたんだから。
いざ研究棟に着いても、私はずっと叫んでいた。
「転移魔術をけんきゅーする! 転移! 転移転移転移ィー!」
完成が近づいている研究棟を目の当たりにして、幼心ながら私は絶対に転移魔術を極めると誓った。
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