第59話 お弁当配達
メギド隊が調査に出てから半日、ついに二階部分が完成した。作りたての香りと雰囲気は今しか味わえない。
うろうろと何度も往復しては壁や床をさする。我ながら上出来極まりない。これによって部屋数が四部屋から十六部屋になった。不便がないように、階段は二か所ある。大浴場側と食堂側の二つだ。
更にはテラスもついてるし、宿として格段にパワーアップしたと思う。
「プールは……まぁ、いつかね」
「いつかアリエッタ様と泳ぎたいです」
「私はあんまり……」
「えっ!?」
「あ! そうじゃなくて! 泳ぎとか、そういうの得意じゃないって意味!」
「で、ですよね!」
転移ばかりに頼ってるから、自分の運動神経を試すのが怖い。掃除でくたびれてる時点でお察しだ。
一応、体力が落ちない程度には維持してるけど自信はない。
「後は備品の搬入ですね」
「数部屋分はすでに搬入してるけど、残りがね」
「何か問題でも?」
「うん。納品が遅れてるみたい。後で確認してみる」
残りのベッドが揃わないと、本当の意味で二階完成とはいえない。いきなりピタリと止まったから、何かあったのかも。
「そういえば、お昼時ですね。メギド隊の方々はお昼をどうされてるんでしょうか」
「簡易食を持ち歩いてるみたいだよ。あまりおいしくはないけど、最低限の栄養は取れるみたい」
「そうなんですか。楽しくお弁当……というわけにはいきませんね」
「魔物も出るからね」
お弁当か。今は余裕がないけど、いつか提供したいサービスとして思いついた。
転移魔術で冒険者の元へ弁当配達できる。後は魔力感知の精度を上げて、的確にその人の元へと転移できるようにしないと。
今のところ、私がイメージした場所へは転移できるけど個人を特定してからの転移はちょっと難しい。
これが出来れば遠隔転移破壊なんてのも実現できるけど、実践する日が来るかどうかは不明だ。
ともあれ、何事も研究と失敗を繰り返さないとうまくいかない。
「お兄様達の元へお弁当を届けよう。個人特定転移の練習にもなるからね」
「六名分となると、急がなければいけません。それに容器もないので、サンドイッチにしましょう」
「そうだね。ひとまずやってみよう」
厨房で作業に取り掛かる。バーストボアベーコンサンドという私がまず食べたい品だ。
簡易食といっても大しておいしくないし、それは食事じゃなくてただ口に入れてるだけ。当宿に泊まっていただいたお客様には隅々までサービスしたい。
せっかくだから、部屋で武器の手入れをしてるドンダラさんにも差し入れをしよう。
「んめぇ! これで偉大なる空王を仕留めたも同然だ!」
「そ、それはよかったです」
あの怪鳥の死体を確認しに行く勇気がない。あれが偉大なる空王とは限らないし、そうだとしても私には何の非もないわけで。
それでもやっぱりこんなに張り切ってる人に空回りさせるのも気が引けるわけで。
「いやぁ、実はさっき温泉に浸かってたんだけどよ。やっぱり噂通りのいい宿だ」
「噂になってるんですか?」
「一級パーティの金色の荒鷲や二級パーティの進撃隊、トリニティハート。他にもさすらいの大狼と、有名どころが口を揃えて高評価だもんよ。王都内の高級宿にも負けてねぇってよ」
「それは恐縮です……」
「もし王族の耳に入ればチャンスだ。あの方々に気に入られた宿は王都内にもあるが、例外なく繁盛してる。ま、ここは場所が場所だから難しいかもしれんけどな! ガッハッハッ!」
王族か。うちは侯爵家だから王族とは親密な関係にある。
それなのに末の娘はろくに顔も出さないわ、宿なんかやってるわで印象はきっとよくないと思う。
ただし、王族といっても絶対的な権威はない。王族と貴族は持ちつ持たれつつの関係だから、実際には互いに怒らせないように敬意を払ってる。
特にルシフォル家は代々、国を支えてきた名家だ。エバインの時も、私が名乗ればすぐに終わった話かもしれない。
「私は私でどれだけやれるか、です」
「うん?」
「いえ、サンドイッチおいしかったですか?」
「これこそ噂になってもおかしくないうまさだ! ガハハハッ! さぁて、そろそろ狩りに出かけるか!」
「あ、いってらっしゃいませ」
ひとまず出発してもらおう。鼻歌を歌いながら怪鳥討伐に出かけるドンダラさんを見送った後、こっちもメギド隊に配達だ。
六人分のサンドイッチをバスケットに入れて、さっそく転移を試みる。ヴァンフレムお兄様の魔力はよく知ってるから、まずはあの人の魔力を探ろう。
「んー……」
「アリエッタ様、どうですか?」
「さすがだね。この距離で私ごときに探知させるような魔力なんて放出してない」
「さすがミドガルズ本隊といったところですか……。弁当配達は厳しいでしょうか?」
「最近はフィムが頑張ってくれてるし、私も手を広げられるならやってみたいね。でも焦る事もないか……」
「私もライトポーション製作と量産のコツは掴みましたし、よりお力になれますよ」
「嬉しいけど、ちゃんと寝てね?」
会話をしながらも、私もトレーニング中だ。もしあれほどの人達の魔力を感知して転移できたら魔術真解に一歩、近づける気がした。
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