第60話 謎の魔術師達

「全員、動くなッ!」


 魔力による圧と共に優位性を主張する。渓谷の奥深くで怪しげな動きを見せているのは五人の魔術師だ。

 ワルモが見たという連中で間違いないだろう。レベルとしては全員が並みの領域を超えていた。こんな形で出会わなければ、ミドガルズへの入隊を薦めていただろう。


「……驚いた。こちらの感知をすり抜けてくるとはな」

「用件を言う必要はなさそうだな! どうする!」

「そのエンブレム、ミドガルズか。しかもこの圧は恐らく本隊……。となれば、やるしかなかろう」


 まさに問答無用だ。が、セティルを見習いたいと思った。

 こいつらを殺さずに情報を吐かせる。それならば今一度、圧倒的な力を見せつけるしかない。


「セティルッ! やれ!」

「ハッ!」


 奴ら五人に対して、こちらはセティルのみ。あの落ち着きようからして、かなり腕に自信があるようだ。それならば、まずは心をへし折る必要がある。

 奴らは訝しむだろう。魔術師である自分達の相手をするのが、剣を抜いた女のみなのだから。

 構えからして、とても魔術師には思えないだろう。案の定、奴らの手がわずかに止まる。


「何の真似かな?」

「どうした? 怖気づいたか?」

「さすがは本隊。だが、甘い」


 セティルの影から黒い歪な腕が伸びて、両足を掴んだ。更に我々の影にも同様の効果が表れる。

 この拘束を力で振りほどくのは不可能だ。影が決して本体から離れぬように、これはそういう魔術式なのだろう。そして腕が変形して、まもなく我々を縛り上げる。


「いい光景だ。我々を捕える算段なのだろうが、もう一度だけ言っておこう。甘い」

「シャルドー、全員で全力だ」


 影が拘束力を強めつつ、一人の魔術師が七色のリングを放つ。もう一人が至る箇所の毛を抜いて、それを獣に変身させる。一本だけではない。一瞬でこの場に数体の獣が出現した。

 更に足元が泥上となり、我々が沈み始める。最奥にいる魔術師の仕業だろう。最後の一人はといえば、なんと口からの高温ガスだ。

 ドラゴンを彷彿とさせるそれは、おそらく単なる炎系の魔術ではない。こうして集中砲火を受けたメギド隊はあえなく返り討ちに――あうわけがない。


「……これはまいったな」


 全員が無傷で立っているのだから、参る他はないだろう。何人かが驚愕している様子からして、今のが本当に全力だったらしい。どれもいい魔術式だ。


「俺の髪獣は……」

「全部、切り捨てた。自身と同等の魔力を持つ獣を放つ魔術か。等級にして三級から二級程度の強さはあったな。凄まじい魔術式だ」

「お前、一瞬で……?」

「だが、自身の心配をすべきだった」


 背中から盛大な血しぶきを上げた髪獣の魔術師が前のめりに倒れて絶命する。セティルは一歩も動いていない。

 ここで初めて連中が大きな動揺を見せた。


「ヘイアン!? おい! 泥化術は進んで……ない?」

「泥化だなんて、やめてくれたまえ。綺麗好きの私がそんなものを許すわけがないだろう」

「お、お前なんで!?」

「私以外も無事だろうに」


 ギャルマンが堂々と一人の魔術師の前に立っている。一連の拘束を解いたのは奴の魔術だ。

 浄禍術。対象の不純物を取り除いて元の状態、つまり魔力に戻す。自身や我々に纏わりつく影の手は不純物として取り除かれて、大地を歪めた魔術も同じだ。

 それを対象へと魔力に変換して送り返えす事も可能である。泥化の魔術師と高温ガスを吐き出した魔術師が魔力酔いに陥って昏倒した。

 影を操る魔術師も逆流してくるかのような魔力に抗えない。このような惨状を度々引き起こす事から、ギャルマンは魔術師殺しなどと呼称されていた。


「お、おぇぇ……。なんだ、これは……」

「他のメンバーもぼちぼち終わったみたいだね」


「見える、見えるぞ……。七色のリングは恐らく色に応じた苦痛を与えるのだ。火傷、凍傷、感電……あくまで痛みのみのようだな。まぁ苦痛に耐えかねて普通は死ぬだろうが……」


 その七色のリングを放った魔術師もとっくに息絶えている。外傷などなく、単にワルモの超常術で操られて自身に魔術を放ってショック死しただけだ。

 こうして敵の五人のうち、二人が死亡。残り二人が気絶しており、最後の一人である影を操る魔術師も満身創痍だった。


「ヴァンフレム隊長、申し訳ありません。私一人で片付けるつもりでしたが、うまくいきませんでした」

「結果としてはうまくいった!」


 影を操る魔術師が嘔吐する様を見下ろす。そこへセティルが名誉挽回とばかりに、刃の切っ先を向ける。


「ここで何をしていた」

「フ、フフ……。拷問を始めるつもりか? うまくいくといいなあがぁっ!」


「ククッ、セティル副隊長。手っ取り早く済ませましょうぞ」


 ワルモが男を操って、自身の首絞めを実行させた。自分の手によって望まぬ行為を強制させられているのだ。

 普通に拷問されるよりも抗いたくなるのが人の性というもの。数回ほど窒息寸前にまで追い込まれた後、男は折れたように見えた。


「しゃ、喋る、喋るからもう、やめてくれ……」

「それでいい」

「俺達は……」

「俺達は?」


 男はなかなか言葉を続けない。おかしいと思った直後、周囲の影が揺らめく。


「まだ悪あがきをッ!」


 男が最後の力を振り絞ったのだ。強情もここまでくれば誇れる。この男を殺して、気絶している残りの二人に聞くとしよう。


「フン! ならばとことん……」


「みーつけたぁ!」


 目の前に転移してきたのはアリエッタだった。

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