第55話 長男ヴァンフレム

 メギド隊の皆さんが就寝した後、私はライトポーション量産に勤しんでいる。

 ここのところ売れ行きがよくて、在庫が底を尽きそうだった。とはいえ、一度コツを掴めば量産はそれほど苦労しない。

 自前でビンを用意してくれたら値下げしますなんてサービスを始めてからは、更に楽になった。


「アリエッタ! 話がある!」

「ドア越しでも筒抜けな声量だよ。夜だから静かにして、ヴァンフレムお兄様」

「すまない!」


 もう突っ込まない。仕方なくドアを開けてあげると、お兄様が宿屋の研究室内を見渡した。

 ビンを手に取っては置き、棚を物色する。


「で、何か用?」

「お前という奴は多才だな! これでは兄の立場がない!」

「そんな事ないでしょ。お父様はヴァンフレムお兄様を次期当主にするんじゃないの?」

「俺を試す為にわざわざ引退したのだ! 実力ではまるで及ばん!」

「えぇ?」


 いつもより、声のトーンが落ちた気がする。冗談でこんな事を言うイメージがないから、きっと事実なんだろうな。

 確かに魔力感知をした限りではお父様のほうが遥かに大きかった。


「アリエッタ、魔術真解後のエバインを破ったそうだな!」

「うん、そうなるね」

「更には魔獣バンダルシアも討伐した!」

「討伐したよ」

「それだけの力がありながら、宿を営むなど……! アリエッタ、俺はお前が羨ましい! 父上を認めさせて、夢を叶える! 俺という奴は料理人の道を断たされて……いや、自ら……断った!」


 拳を震わせるほど、料理人への憧れがあったように見える。

 その気持ちは痛いほどわかるけど、一つだけお兄様は勘違いしていた。


「そもそもお兄様は私と違って長男だよ。お父様も、気合いを入れて一流の魔術師にしたかったはず。私とは立場が違うもの」

「そんなものはただの」

「私、お兄様達に甘えている部分もある。だってお兄様達がいなかったらお父様は私が何を言おうと、宿をやるなんて絶対許さなかった」

「つまり……何が言いたい!」


 今度は私がお兄様に顔を近づける。意表を突かれたのか、あのお兄様がわずかに身を引いたのが面白かった。


「お兄様にはお兄様の強さがあるし、私にはない。もし私がその立場だったら、どうなってたかわからないよ」

「すまないな、アリエッタ! 少しだけ勘違いさせてしまった!」

「え、それってすごい恥ずかしいんだけど……」

「確かに俺はお前が羨ましいといった! だが、弱音を吐きにきたわけではない! むしろ感謝したいのだ!」


 わかりにくい。確かに弱音を吐くような人じゃないけど、それなら最初に結論を言ってほしかった。私ごときがどうこう言える人じゃないよね。


「今日、この宿を見て決意したのだ! 俺は……料理人への道を目指す!」

「そ、そう……」

「お前の言う通りだ! 俺は兄として、常にお前達の目標であり続ける! 止まってなどいられないと、改めて思ったのだ! だから礼を言いにきた!」

「は、はい。どういたしまして……」

「……父上から話を聞かされた時、嫉妬で狂いそうになったのは事実だがな! 久しぶりに立ちはだかった格上が末の妹とくれば致し方あるまい!」


 でもお兄様は乗り越えた。誰にでも出来る事じゃない。こうやって何度も苦しみながらも、お兄様は長男としてあり続けたのかな。そう考えると、私なんかよりも立派だ。

 そしてお兄様はこれまで立ちはだかった格上について話してくれた。

 地上最強種とされてるドラゴンに単身で挑んだ話。最強の獣人である獣王と戦った話。災厄の魔術師と呼ばれている十二死徒の一人と戦った話。

 三十歳手前というお兄様の年齢を考えれば、壮絶極まりない。私が久しぶりの格上とかいうけど、数年単位のスパンでやばいのと戦ってる。


「アリエッタ、お前は少なく見積もっても死徒と渡り合うだろう!」

「渡り合いたくないけどね。確か禁忌の魔術式が刻まれたとして、世界の果てに追放されたり封印された人達でしょ。ちょっとかわいそうな気がする」

「敵に同情するようでは未熟! 戦いは情を排除した奴が勝利に近づく!」

「それが出来るお兄様はやっぱり強いよ」


 というわけで、戦いはお兄様達にお任せしよう。私はあくまで宿屋さん。

 それにしても、苦手意識があったマルセナお姉様に続いてヴァンフレムお兄様とも打ち解けられるとは。

 なんだか宿屋を始めてから、いい事だらけだ。これで暴漢冒険者やコキュートス隊の襲撃がなければ、もっとよかったんだけど。


「ところで、セティル! 何をしている!」

「え、セティルさん?」

「先程からずっと部屋の外にいる! 入ってこい!」


「では遠慮なくッ!」


 猛烈な速さで部屋に突入してきた副隊長。かわいいネコの顔絵がついた寝着が嫌でも目を引く。


「ヴァンフレム隊長……。なぜ、なぜ私に話して下さらなかったのですか! 副隊長として、隊長を支える立場にある私は一体! 何の為に存在しているのか!

夜な夜な妹の部屋に訪ねる一面があったなど、私は知る由もなく! 私の知らない隊長がここにいたなど! あくまで副隊長として恥ずかしい! あくまで! 副隊長として!」

「そんなに強調しなくても」

「アリエッタ! 私は決して尾行したわけではありません! 隊長が起きる気配を察知したまでです!」

「そっちのほうがやば……すごくないですか」


「セティル! 命令だ! 寝ろッ!」


 直立して返事をしたセティルさんが部屋に戻っていった。さすが隊長、そしてセティルさん。こんな時でも上司と部下の関係は徹底している。

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