第54話 ミドガルズ本隊メギド 3

「宿屋の亭主! ヴァンフレム隊長とはどのような関係ですか!」

「いや、普通に兄妹ですけど」


 またもや一緒にお風呂に入る流れになってしまった。しかも相手は国内最強部隊の女子達だ。

 セティルさんが私をしつこく誘ってきて最初は断ったけど、ミルカがいいですよと笑顔で送り出してくれた。

 こんなにもお客様と一緒に風呂に入ってる経営者っているのかな。


「いい湯ね。この辺りで温泉が出たという話は聞いてないし、魔術でどうにかしてるのかしら」

「そうです、アミーリアさん。美肌効果、疲労回復、関節痛、その他生活習慣病にも効くみたいです」

「ワルモじゃないけど、あとは浴槽の数を増やしてサウナや露天風呂もあれば言う事なしね」

「そうですね。なるべく多くのお客様に満足していただけるような宿にしたいです」


 今は二階の拡張中だし、そこまでは手が回らない。そして背後にくっついてるのはセティルさんだ。この人、純粋に怖い。


「あの、何か?」

「隙だらけですね。私があなたを殺す気なら死んでました」

「いきなり物騒ですね」

「少し発言が過ぎました。先程の魔術といい、かなりの使い手なのは理解できます」

「セティルさんも国内トップクラスと言われている魔術師と聞いてます」

「……私は魔術師としては大した事ありません」


 セティルさんが少し顔に影を落とす。あの剣といい、この人は少し事情が異なるのかな。

 アミーリアさんといい、魔術式は気になるけど質問はできない。


「聞いた話では北の民族紛争を一日で終わらせた人がいるような部隊がメギドで、セティルさんはその副隊長では?」

「あぁ、それはきっと私です」

「えっ」

「といっても、大した事はしてません。それと一日というのはガセですね。正確には三日くらいです」

「大した事ありますって」


 とてつもないカミングアウトだ。それで大した事がないは無理がありすぎる。

 でもセティルさんは相変わらず自尊しないといった感じだ。


「北の民族紛争……。あの人達は力を振りかざして、互いを牽制し合ってました。数えきれないほどの犠牲が出ましたし、それでも反省なんてしません。そこにあるのは価値観のズレ、宗派の違い……そして力に行きつく。大義名分を振りかざして、凶行に走る。正当性があると信じてるのは彼らだけです」

「その人達をどうやって?」

「簡単です。力で鎮圧しました」


 簡単じゃない。


「セティル副隊長の魔術式は理不尽の域ですからねぇ」

「そうでもないさ。ヴァンフレム隊長にはまるで敵わない」

「あの人も、セティル副隊長に接近戦で勝つのが難しくなってきたって褒めてましたよ」

「なにっ! それは確かか! 確かなのか!」


 二回も確認した。アミーリアさんに迫るセティルさんだけど、明らかにからかわれてる。

 それにしても、そこまで強い魔術式か。あのお兄様が副隊長に置くからには、生半可じゃないのはわかる。


「力で、と言いますけど具体的にはどうやって?」

「私も割って入って戦いました。互いの指導者を殺して終わりです。三日間、戦う意思がある者を殺して殺して殺しました。それで終わりです。戦う意思がある人間がいなくなればいいんですから」

「で、でもまた新たに出てくるのでは?」

「そうかもしれません。ですが、力なんて力によって潰される……その程度のものなんです」

「それで、収まったと……」


「滅剣のセティルだなんて有名よねぇ。最後には相手がおしっことか漏らして気絶したり命乞いするの」


 もう少しマイルドに表現してほしかった。エリート魔術師集団の中でナンバー2にまで昇りつめる女性か。

 私でさえワクワクするストーリーだ。ただの変な人じゃなかった。


「私もいずれ力によってねじ伏せられる日が来ると思います。ですがそれまではあの方の元で戦います」

「ヴァンフレムお兄様の?」

「はい。魔術師のくせに剣を振るう私を良く思わない者も多くて……。ですが、あの方は私の実績を認めてくれた……。それどころか嫉妬するなどと言われた事もあります」

「あぁ、さっきもそんな感じだった……」


「私も尊敬してるからぁ!」


 アミーリアさんがセティルさんを抱き寄せる。見てるこっちが恥ずかしくなるスキンシップだ。

 副隊長と副隊長補佐、見た目だけ見れば逆でよさそうなものだけど。


「こ、こら! 軽々しく肌を合わせるなと言ってるだろう!」

「そうですよね。セティル副隊長はヴァンフレム隊長が」

「至上だと思っている。魔術師として人として、セティルという人間はヴァンフレム隊長についていこうと決めたのだ。そこに他意はなく、純粋な」

「はいはい、わかりましたって」


 いきなりすごい早口になった。顔が真っ赤だし、そろそろ上がったほうがいいかもしれない。


                * * *


「悪くはない! ただしぬるいッ!」

「いいお湯でした」

「あれほど清掃が行き届いた水場など見た事がない! やはり魔術式か!」

「源泉かけ流しか……。クックックッ! なるほど……!」


 上がると男の人達が各々の感想を述べた。

 概ね、満足してもらえたみたいでよかったかな。だけど、ぬるいというのが気になる。


「湯の温度はせいぜい四十一度といったところだろう! せめて六十度はなければな!」

「お客様が死ぬ」

「しかし、熱い湯に需要はある!」

「そうだね。見当する」


 六十度はともかくとして、浴槽の種類はあったほうがいいかもしれない。

 二階の増築、風呂の拡張。やる事はまだまだ多い。ところでセティルさんの顔がまだ赤い。まさか――


「セティル! 湯に浸かりすぎたか!」

「私はヴァンフレム隊長を尊敬しております! 私は! ヴァンフレム隊長を……そん、けい……」

「セティルッ! アリエッタよ! 部屋に運べ!」

「はい」


 やっぱり浸かりすぎたのかな。部屋に転移させたし、きちんと布団をかけてあげよう。

 一方、アミーリアさんが面白おかしく笑ってた。

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