第53話 ミドガルズ本隊メギド 2
「ミルカッ……! 貴様!」
「ひっ!」
ヴァンフレムお兄様がミルカを睨む。咄嗟にミルカの前へ転移したけど、構わず私の前まで来た。
鼻先まで近づかれてる。今、わずかにチリリと尖った魔力を感じた。
「アリエッタ、よほど自信があるようだな!」
「それよりミルカがどうかしたの?」
「ミルカに話がある! あの料理の話だ!」
「変な事しないでね」
「へぇ? 今の魔術、気になるな」
ギャルマンさんが顎を撫でて関心してる。他の人達にはそこまで大きな反応は見られない。
さすがに場慣れしてるな。どんなものを見ても、動揺なんてしないか。それとも、大した事がないと思われてるか。
「ミルカァ!」
「な、何でしょう!」
「教えろ……」
「は、はい?」
「この料理のレシピを教えろッ! いや、教えてくれ!」
なんと、ヴァンフレムお兄様がミルカに頭を下げた。これに驚いたのは私だけじゃなくて、隊員達だ。
ガタリと椅子を動かすほどには反応してる。
「幼い頃、お前の料理を食べた時はひどい有様だった! 泣きべそをかいてすぐに故郷へ帰ると思っていた! しかし時が経つにつれて、見違えるほど成長していた! そして今ッ!」
「はい! はいはいはい!」
「俺は……神髄を見たッ!」
「それは、よろしゅうございました?」
ミルカが混乱して言葉が回ってない。そりゃ目つきも態度も悪いヴァンフレムお兄様にここまで言われたら仕方ないよ。
「正直に言おう! 俺は今、死ぬほど悔しい! これでも昔は料理人を夢見たのだ! 父上に反対されて、俺には俺の道があると! そう思い込んで今日に至る!」
「ヴァンフレム隊長が料理人を目指していたなど! 何故、そう話していただけなかったのですか! 思い悩んでいる隊長を支えてこそ副隊長である私の」
「セティル、空気を読めッ!」
「ハッ!」
いちいち入ってくるな、セティルさん。あの副隊長、見てるだけで疲れる。
「今でも俺は非番の日などに腕を磨いていた! 魔術も料理も同じだ! 磨かなければ意味がない! ところが、見せつけられた! 俺などよりも遥かに成長したお前をぉッ!」
「ひゃああっ!」
「ちょっとお兄様、さすがに脅かしすぎ」
「すまない!」
絵面が完全に少女に迫る悪人だ。私も誤解してたけど、この人は態度と顔でかなり損をしてる。
それでも見てくれる人はいるみたいだけど。あのセティルさんだって、いや。なんか私も見られてた。
「俺にも父上に自己主張する機会があったのだ! 魔術師などよりも料理を磨いて結果を示せばよかった! アリエッタ! お前もまたそうしたのだろう!」
「お兄様……」
「父上からお前の話を聞かされた時、本当に悔しかった! 己の弱さを思い知った!」
「いや、そこまで思いつめなくても」
「もちろん魔術師としてもな!」
「魔術師としての……?」
せっかく逸らしたのに、またセティルさんが入ってこようとしてる。そして今度は私の顔を覗き込んできた。近い。
「何もかも俺は敗北したのだ! 俺は甘かった! そしてこの料理も賞賛に値する!」
「ではヴァンフレム隊長! 審査のほうは!」
「料理は合格!」
「料理は……しかし、宿は料理だけではありません!」
「その通り。雰囲気、接客態度、その他サービス……。料理は良くても他で覆る可能性は十分あるのさ。クククッ!」
なんか今度はワルモさんが入ってこようとしてる。システィアお姉様より、この人のほうがよっぽど闇っぽい。
ワカメみたいな前髪が目元を隠して、邪悪さを演出してるもの。
「しかし、ワルモ殿の言う通りですな。むしろ私はその他が気になっております」
「私もバトラクさんに同意ですね。特に宿は清潔感が大切……。例えばこういう見えないところに埃が……埃……くっ!」
ギャルマンさんが至るところを必死に指で撫でてあら捜ししたけど、勝手に敗北してる。ミルカを舐めないでほしい。気がついたら私の部屋の埃すら消すからね。
「私はお風呂が気になるわ。宿屋さん、お風呂あるんでしょう?」
「はい、アミーリアさん。案内します」
水着はともかく、この人が一番まともそうに見える。副隊長補佐らしいけど、副隊長と交代したほうがいいと思う。
「大衆浴場は私の中でもっともハードルが高い……水場を清潔に保つのは難しいのです。いいですか、宿屋の少女。少しでも水垢があるようならば……わかりますね?」
「はい、ギャルマンさん」
何がだろうと思ったけど、とりあえず返事しておく。こんな神経質な人をもてなした今までの宿屋こそ賞賛したい。
大浴場に案内して男女に別れてからが本番だ。どんな評価を下されるか、ドキドキして――
「アリエッタ! 久しぶりに背中を流していいぞ!」
別れる直前、実の兄がとんでもない事を言い出した。仁王立ちして冗談の類には見えない。
「ひ、久しぶりって?」
「昔はよく一緒に入っただろう! お兄様の背中を流すと! 喜んでいたッ!」
「そう、だっけ?」
「さぁ!」
本当に覚えてない。あるとしてもかなり小さい頃の話だ。だとしたらいつから苦手意識を持ったんだろう。
そんな事より、この場の空気だ。ミルカは厨房だし、ここにいなくてよかった。
「ヴァンフレム隊長ッ! いくら血が繋がっている妹とはいえ、もうお互いにいい歳のはずです! そのような発言を軽々しくするものではありません!」
「俺はアリエッタに聞いてるのだ!」
「いえ、入りません」
セティルさんに割って入ってもらえて助かった。明らかに落ち込んだ様子を見せた隊長が新鮮だったのか、各隊員が奇異を目を向けている。
どれだけの付き合いか知らないけど、まだまだ知らざれる一面があったという事だね。
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