第52話 ミドガルズ本隊メギド 1

 さっきの冒険者と商人が縮こまってる。何せすぐ隣のテーブル席に座ってるのが国内トップクラスの魔術師達だからだ。そういえばもう一人、見た顔がいた気がしたけどそそくさと帰ったような。あれは確かコキュートス隊の人かな。まさか案内役をさせられただけ?

 それはそうとレグリア王国術戦部隊ミドガルズ本隊メギド。隊長のヴァンフレムお兄様を含めて、たった六人しかいない。その六人だけで最強だの騒がれているのが事実だ。

 その中の一人、副隊長のセティルという人がうるさい。


「ヴァンフレム隊長! 何故、あちらの少女の名を知っていたのですか! まさか事前に知った上で、目当ての少女に会おうと? 私としてはヴァンフレム隊長の趣向を尊重しますがさすがにお相手としては幼すぎ」

「妹だ!」

「る上に身分などを考慮すれば釣り合いが……え? 妹?」


 感想としては怖い。あの思い込みはどこから来るんだろう。褐色がかった肌に薄いクリーム色のショートカットのボーイッシュな女性。鞘を腰に下げているけど、魔術師なのに剣を使うのかな。


「セティル副隊長、落ち着いて下さい。まずは食事の審査です」

「う、うむ……」


 窘めたのはブルーのロングヘアーなスタイル抜群の女性だ。副隊長補佐アミーリア。際どい水着姿で堂々と歩いている。

 魔術式の都合上、このほうがいいと誤解される前に説明してくれた。そうだとしても、実行力がすごい。いや、待って。審査って何ですか。


「食事前は座して待つ。近頃の若者は落ち着きがなく、お喋りをする傾向にありますな。おっと、これではまた老害と呼ばれてしまう。ホッホッホッ……」

「バトラク様の仰る通りです。これではあなたがわざわざ副隊長の座を明け渡したのも、時期尚早かもしれません。いえ、失礼……」


 老紳士風のバトラクさんに皮肉屋っぽい色白のハンサム、ギャルマンさん。癖がありそうな人達だ。

 ギャルマンさんのナイフとフォーク、ハンカチは自前で用意したらしい。他人が使用したものは使いたくないとか。


「クックックッ……それにしても、いい宿だなぁ……。あの計画を早める事が出来そうだ。フッフッフッ……」

「お客様、あの計画とは?」

「お前がそれを知る必要はない」

「そ、そうですか」


「大陸中の宿をレビューした本を出版するのがワルモの夢なのですよ」


 バトラクさんが教えてくれて助かった。よくない事を企んでそうな雰囲気だったから。顔も悪人面だし、笑い声もそれっぽい。


「さぁて、この宿はいかがなものかな。もし至らなければ徹底してダメ出しして今後の改善に繋がる意見を出しまくってやるからなぁ?」

「は、はい、ワルモさん。それはありがたいです」

「まずは食事だ! これが宿を決定づけるといっても過言ではない! そうでしょう、ヴァンフレム隊長!」


「さて、審査だ」


 国内最強部隊が雁首揃えて当宿に泊まりにくる。嬉しい限りです。

 だけど審査とか言ってるのが気になる。ミルカが料理を運んできた途端、メギト隊の雰囲気が変わった。


「厨房はミルカに任せているのか! フンッ! 賢明な判断だな!」

「懸命ならフンッとか言わないで」

「アリエッタ! お前の事は父上から聞いている! その保有する素質含めてな!」

「私もシスティアお姉様から、私抜きの家族会議をやったと聞いてる」

「俺はお前が憎いッ!」


 一際、大声で宿内を驚かせる。冒険者と商人なんか食事が喉を通ってない。いくらお兄様でも、お客様を驚かせるのはNGだ。


「お客様、他のお客様のご迷惑となりますのでお静かにお願いします」

「すまなかった!」


 普通に素直に謝った。でも声は大きい。これを戦々恐々として見守っていた周囲の人達。

 セティルさんが何か言うかと思ったけど、押し黙ってる。と思ったら、鋭い上目遣いで見られてた。


「さ、食事が来ましたな」

「ミルカの手料理か! アリエッタ! 言っておくが、ここにいる連中が国内のみならず、国外の名店で舌が肥えている! いかにルシフォル家で仕えていた者といえど……」

「んぶっふぅ!?」

「バトラク!?」


 おじいちゃんが目元を手で押さえてる。そして震え出して涙が流れた。


「この肉野菜の煮物……。ふと故郷を思い出しました……ふぐっ……!」

「うまかろうがまずかろうが、笑顔で素通りする貴様がそこまで!」

「むふっ! んぐ! んんん!」

「ギャルソン! フォークで刺してそのまま食うか! どんな料理でもナイフとフォークを使うのだろう! 貴様らしくもない! 品がないぞ!」


 おなじみコカトリスの肉を野菜と一緒に煮込んでトロットロにした料理だ。柔らかい肉が骨からするっと剥がれる。

 野菜も口の中でほどけて、魚節の出汁がまろやかに包んで味の締めをくくる罪な一品だ。

 でもさすがのミルカもバトラクさんの故郷なんて知らないし、そこは偶然だと思う。


「ヴァンフレム隊長! なぜ彼女がバトラクさんの故郷を知ってるのでしょうか! 私が推測するにミルカという人物は予め我々の情報を事前に」

「そんなわけないだろう!」

「ハッ!」


 ハッ、じゃないよ。続けてワルモさんがなんか両手を上げて万歳してる。


「料理自体は極めてオーソドックスだが、クオリティは極めて高い! 旅といえば、変わった料理を楽しみたい客もいるが全員がそうではない! 料理については宿にとっても永遠の課題といえるが、これは一つの正解ほ、ほほほ、星が五つぅぅ!」

「あっ……んっ……いいっ……はぁっ……」


 ワルモさんが絶叫して、アミーリアさんがおかしい。いや、一番おかしいのはヴァンフレムお兄様だった。


「ば、馬鹿なッ……」

「ヴァンフレム隊長ッ!?」


 一口食べただけで、座ったまま静止した。セティルさんに揺さぶられても、起きやしない。もう何なの、この人。

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