第51話 二階工事を始めます
先日の反省点を活かして、さっそく宿の拡張を実行した。二階客室とマッサージ室の追加が目標だ。
立地を考えれば、面積を広げるわけにもいかない。これからいろいろな場所に行く事を考えると、広すぎれば場所によっては邪魔になる。そこで二階の増築だ。
「突貫工事なのです!」
「いや、そんなに焦らなくていいから。そもそもフィムはお客様相手に仕事をしなさい」
「工事しちゃダメです!?」
「私が工事してる間、フィムとミルカに宿のほうは任せるからね」
伐採、製材は以前やった通りの手順だ。まずは屋根を外して一旦、転移させて置いておく。
一度やっているから、前よりも効率よく仕事が進む。この辺の工事費よりも問題は資材の費用だ。
部屋が増えれば当然、ベッドなんかの備品も必要になる。それに伴ってコカトリス狩りを再開しなきゃならない。
羽毛とお肉、卵の調達も出来るから一石二鳥ではあった。
「冒険者は大体、四人から五人パーティが多いなぁ。でも男女で分かれる場合もあるから……」
予備として一人用の寝床も作っていく事にした。数人程度の寝床のスペースを確保した後、テンポよく組み立てる。
気分よく作業をしていると、空の雲行きが変わり始めた。ポツポツと振り始める雨に唸る空。雷もセットだ。
「転移層で問題なし。たとえ雷が落ちようと」
轟音がまさに鳴り響いた。光と音で驚くけど、被害は一切ない。
「ま、まさか落ちるなんて……。どんな確率さ」
ギリギリ私に害はない程度の音と光だったけど、ビックリするから転移層の魔術式を組み直す。これで何が降ってきても安心だ。
気を取り直して作業を開始すると、遠くの地上から猿達が見ていた。ボス猿が討伐されても、手下の猿はまだいる。
あの中から新たなボス猿が誕生するかと思ったら、安心はできない。とはいえ、魔物討伐は私の仕事じゃない。襲ってくるなら話は別だけど。
「あれから冒険者さん達がまた頑張ってくれたし、数もだいぶ減ったと思うんだけど……」
岩の猿や霧猿、目がない猿を思い出した。あれらの死体を冒険者ギルドに引き渡して、その後どうなったんだろう。国が引き取るみたいな話までは聞いたっけ。
未知の魔物みたいだし、冒険者じゃなくても気になる。
「あ、あれは何だ?」
「屋根がない?」
「女の子がいる……」
やってきたお客様が私を見上げている。あの荷車からして、たぶん商人だ。
ここ最近、猿の数が減ったことで近道であるこの渓谷を通る人が少しずつ増えている。
「まさかあれが最強の魔術師か? なんか物が消えたりしてないか? ここ本当に大丈夫なんだろうな……」
「そ、そのために俺が護衛をやってる」
怖気づいた冒険者と商人がなんか言ってる。最強とかいうフレーズが気になるけど、ここは挨拶をしておこう。
「いらっしゃいませ! 冒険者の宿へようこそ!」
「い、いいのか!? いっちゃっていいのか!」
「大丈夫だ! 風殺のエンサーさんが、あえて入るのも悪くないって言ってたからな!」
「あえてじゃダメだろ!」
よりによってあの人の口伝か。気づいたけど、こんな高みから挨拶というのも失礼かな。
一度、一階に転移してからドアを開くと腰を抜かされた。
「うわぁぁぁ!」
「上にいたよな! なんで!」
「驚かせて申し訳ありません! 精一杯おもてなしをしますので逃げないで下さい!」
必死になだめて何とか入ってもらえるようになった。亭主である私がやらかしてどうする。
最近はいろんなお客様が来るようになったから、より気を引き締めなきゃいけない。
作業を再開すると、ほんのりといい匂いが漂ってくる。これはミルカの料理だ。
そういえば昼食を食べてない事を思い出した。降りて食べに――
「昼食をお持ちしました!」
「わっ! 読みすぎ!」
「はい?」
「いや、ありがと……」
この子は未来予知でもしてるのかな。相変わらず魔術式が刻まれてるとしか思えない。
具沢山のクラムチャウダーのおいしさに打ち震えながら、景色を見渡した。当たり前だけど、この世界は広い。
この世界のどこかにあの女性がいるとしたら、今頃何をしてるのかな。ふと、あの場所に行ってみたい衝動に駆られる。
「もしいなかったら……」
進撃隊のリーダーの話を思い出した。助けられたおじいさんがもう一度、訪ねてもそこには誰もいなかったと。
おじいさんが嘘を言ってるとも思えない。だとしたら、あの人が何らかの理由でいなくなった事になる。一体、どうして。
「やっぱりいつまでもこの場所だけに拘る必要はないよね」
あの人も、もしかしたら場所を変えたのかもしれない。まだ宿をやっているとしたら、私も続けなきゃいけない。
続けていれば宿の噂が広まって、あの人の耳に届くはずだ。まずはやるべき事をやろう。
二階が完成すれば、今の倍以上のお客様が泊まれるようになる。宿の規模も大きくなるし、知名度も上がるかもしれない。
「気合い一発! 突貫工事!」
と、いきたいところだけど慌てず慎重に。フィムじゃあるまいし。
新鮮な渓谷の空気を大きく吸うと、遠くから妙な一団がやってくる。近づくにつれて、それが魔術師だとわかった。
しかも見覚えのあるローブにシンボル。あれは、まさか。
「あれが冒険者の宿か!」
「はい! お気をつけ下さい! 魔術師の少女は予測不能な魔術を操ります!」
「転移だ!」
「て、転移?」
「そうだろう! アリエッタ!」
宿に到着した人物を見て思わず滑り落ちそうになる。いや、大袈裟だけど。
しばらく会ってなかったけど、あれは紛れもなくヴァンフレムお兄様だ。しかも他の方々も並みならぬ魔力を感じさせてくれる。
「ヴァンフレム隊長! コキュートス隊の副隊長殿が言う通り、用心に越した事はありません! え? アリエッタ?」
「反応が遅い!」
「申し訳ありませんでしたぁ!」
腰に鞘を携えたショートカット女子が、すごい勢いで直角に謝った。なにこのやりとり。
いや、確かにいろんなお客様が来るけどさすがにこれは予想もしてなかった。しかも、昔からちょっと苦手意識があるから気まずい。
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