第56話 十二死徒

「朝食は軽食という傾向は嘆かわしい! 朝こそ栄養を摂取するべきだというのに!」

「そうは言ってもお兄様。寝起きでたくさん食べられないという方もいるの」


 嘆かわしいとか言いながら、ヴァンフレムお兄様はピザトーストとスクランブルエッグを平らげた。

 でも確かに臨機応変に対応すべきかもしれない。体が資本かつ戦いもする冒険者なら尚更だ。それはそうと、私は気になってる件を質問した。


「お兄様。この前、冒険者の方から未知の魔物の死体が渡されたと思うのだけど」


 メギド隊の方々が一瞬だけ固まる。やだ、何か言ったかな。


「機密事項な上に管轄外なのよ、アリエッタさん」

「そうですよね、アミーリアさん。すみません」

「もしあなたがミドガルズに入隊するのであれば、知る機会はあるでしょうけどね」

「それは遠慮します」


 ウインクして、いつでもどうぞと言わんばかりだ。宿屋がどうとか以前に軍隊は性に合わない。ましてやエバインみたいな奴の下で働く可能性もある。


「クククッ……あれは間違いなく何者かの手によって生み出された新種だ」

「ワルモッ! 研究チームと兼任している貴様が何を!」

「隠す必要がありますか、隊長? それに早く手を打たないと手遅れになるかもしれませんよ?」

「なに? どういう事だ!」


 より邪悪な笑みを浮かべたワルモさんがもったいつける。ミルカはこの人が苦手みたいで、私の後ろにピタリとついていた。いや、得意な人なんていないか。


「そもそも、アエリッタ。魔物と魔獣の違いはどう区別している?」

「えっと、確か突然変異だとか何か特別なきっかけで生まれた魔物が魔獣です。ネームドモンスターの中にも、いわゆる魔獣候補がいると聞きました」

「その通りだ。実際は素性不明の魔獣が多い。どこから生まれたのか、どこから来たのか……。そう考えれば、中には作為的に生み出された魔獣がいても不思議ではない。この渓谷で猛威を振るっていた激昂する大将も、いずれは魔獣として名を轟かせたかもしれんな」


 ククッ、という笑いで締めくくったワルモさん。邪悪すぎて、この人が一枚噛んでるのかなとか思ってしまう。

 私が討伐した魔獣バンダルシアは討伐が不可能、あるいは極めて困難という区分の特級らしい。あれもお父様が正体不明とか言ってたっけ。


「そんなものを生み出して野放しにする……。何者かがいたとすれば、少なくともいい人物ではないだろう。そうなれば、全員にとって他人事ではあるまい。もっとも、激昂する大将は自然の産物のようだがな。これに対してどうお考えです? バトラクさん?」

「私はワルモ殿ほどの見識は持ち合わせておりませぬ。しかし、この場でそれを話した理由についてはおおよその見当がつきます」

「ほう?」

「アエリッタ殿を巻き込もうとお考えでは?」


「え、やめて」


 素で言ってしまった。しかも肯定するかのようなワルモさんの笑み。いや、これも素かな。


「優秀な魔術師、尚且つ信用できるならば少しでも情報を共有したほうがいいでしょう。ヴァンフレム隊長?」

「……フン! そうだな!」


「十二死徒の可能性は考えられませんか?」


 口元をハンカチで拭いたギャルマンさんが、問題提起する。


「禁忌の魔術師と呼ばれた者達ならば、我々の想像の上を行くことも可能でしょう。そして何を企んでいてもおかしくない」

「し、しかし彼らは次元の裂け目とも言われている世界の果てに追放されましたし、一人は隊長が」

「セティル副隊長。それは事実ですか? 本当に彼らは消えたのですか? 誰も確かめていません。現にその一人が現れているでしょう」

「だ、だが! それは隊長に対する侮蔑とも取れる!」

「私は綺麗好きですが綺麗事は嫌いです。ここは一つ、柔軟に考えていきましょう」


「根拠となるかは知らんが一つだけ見せよう! 奴らがとち狂った存在である証明をな!」


 お兄様が突然、ローブと上着を脱ぎ捨てた。ミルカが両手で目を覆い、フィムは興味津々だ。いいからあっちに行ってなさい。


「そ、それは!」

「酷い跡だろう!」


 お兄様の上半身が半分近く、爛れたようにドス黒く変色している。これは確かに目も覆いたくなる。

 これがどういう事か、何を言いたいのか。私にはわかった。


「俺が戦った十二死徒の一人は自力で帰還したと言っていた! だが俺との魔術の相性は悪かった……はずだった! 奴は菌を生成して操ったが、俺の炎の熱では無力……。見解そのものは間違っていなかった!」

「つまり、お兄様。お兄様ほどの魔術師かつ有利な対面でも、それほどの深手を負ったと?」

「その通りだ! しかもこれは今もマルセナの命活術で治療を継続している!」

「マ、マルセナお姉様でさえ一瞬で治せない!? というか、その魔術師はどうやって世界の果てから戻ってきたの?」

「わからん!」


 隊員達は知っているのか、まったく驚いていない。ただ一人、顔を赤くして逸らしている副隊長の反応が異質だった。どうしたの。


「菌生術……でしたかな。捨て置けば、人類は疫病で滅亡していた可能性さえあります」

「バトラクさん、その魔術師はそんな事を考えてたんですか?」

「さぁ……。その魔術にそれが出来る可能性があるという事実だけで十分なのでしょう。彼らを追放した各々にとっては……」


 なんて事、と言いたくなった。それじゃ十二死徒はやっぱり一方的に悪者扱いされた可能性がある。恨みを持ってもおかしくないし、もしその人達の一人が黒幕なら仕方ないとさえも思った。

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