第57話 宿の二階事情
メギド隊はどうやらキゼルス渓谷の調査に来たらしい。私の為に来てくれたのと質問したら、そんな事で部隊を動かすかと怒鳴られた。
どうやら連泊してくれるみたいだ。仕事だから経費でいくらでも泊まってくれそうなどと、下衆な妄想をしてしまう。
というわけでメギド隊だけで二部屋が埋まったから尚更、二階の完成を急がないといけない。
昨日の冒険者と商人は早朝にそそくさと発ったから、残り二部屋だ。
「ミルカ、二階といえばやっぱりテラスだよね」
「そうですね。お屋敷にもありましたし、天気がいい日などは気持ちいいですよ。お弁当を作りましょうか?」
「話が早すぎて対応できない」
メギド隊の朝食が終わった後、また二階の工事に着手する。転移で作業スピードを上げて、壁までは出来た。
後はミルカとお弁当を食べられるように、じゃなくてお客様が利用できるテラスだ。テーブル席もいいけど、お昼寝も出来るスペースがほしい。
この晴天の空の下で寝たら、さぞかし気持ちいいはず。と思いきや、獰猛そうな鳥の魔物が突っ込んでくる。クチバシを大きく開けて、何かを放とうとしているようにも見えた。
「あぁ、魔物ね。転移層があるけどお客様は怖がるよね。テラスに関してはもう少しだけ広げよう」
鳥の魔物を転移破壊で仕留めつつ、転移層を拡大した。これでよし。
魔物が突っ込んできても、遠目の距離だからきっと怖くない。キゼルス渓谷はああいう飛行する魔物は少なかったはずだけど、いない事はないか。
ところで今の魔物はなんて名前だったんだろう。ま、いいか。ボチボチ室内を構築しよう。
「思ったより順調……ん? フィム?」
フィムが上がってきて、なんだか不安そうな顔をしている。手負いの獣がまた現れたのかな。
「どうしたの?」
「出て行く前にあの声デカ男に睨まれたのです……」
「ヴァンフレムお兄様に? 何かしたの?」
「何もしてないのです。あいつ、フィムを知ってるのです。もし何か言ってもフィムの事は言わないでほしいのです」
「あ、ちょっと!」
走り去って、一階に降りていってしまった。あのお兄様の目つきだから、子どもにはきついのかな。
改めて作業を開始すると、ここがちょうど大浴場の真上だと気づく。大浴場を二階にまでぶち抜きさせようと一瞬だけ考えた。だけどこっちのスペースはまだ一階で足りている。
「何か、何か思いつきそうなんだよなぁ。テラス、大浴場……二階……」
そこで何故か副隊長補佐のアミーリアさんを思い出した。あの人、なんで水着なんだろう。水着、魔術式、水。
「プール! プールだ! これだ!」
お高い宿の中には、テラスにプールがある。あまりセレブ寄りの宿にはしたくないけど、大浴場の延長線上だと思えばいい。
あまり広く出来ないけど、これからはお客様が野営目的の冒険者だけとは限らない。ちょっとした遊びみたいなのがあってもいいと思う。
そうと決まれば張り切って作業だ。部屋の内装まで終えて八割以上が完成している。
自分の発想でテンションが上がりすぎて、一階にいるミルカに報告しにいった。
「それはいいアイディアですね! しかし、水着もご用意しなければいけませんね」
「あ……」
「しかも、男性用と女性用……。サイズも違いますから課題ですね」
「うん。まずは二階の完成と大浴場の拡張が先だね」
「で、でもさすがアリエッタです!」
「ありがと」
慰められた。気を取り直して二階に転移しようとしたら、お客様が入ってくる。ヒゲが濃い山男みたいな男性冒険者だ。
「よう、俺はドンダラ。二級のモンでな。ここが噂の冒険者の宿って事でいいのか?」
「はい。いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「すげぇな……マジで実在したんだな。魔物とかどうしてんだ?」
質問に正直に答えると、ドンダラさんは感心して何度も頷いた。だけど魔術師事情には疎いらしく、そこまで突っ込んだ質問はない。
「すげぇ嬢ちゃんだなぁ。だけどな、今回ばかりは引き上げたほうがいい。この渓谷にあのネームドモンスター『偉大なる空王』が現れたらしくてな」
「危険な魔物なんですか?」
「もちろんだ。巨大な翼を持つ怪鳥で、クチバシから放つ快音波は人家ごと破壊する。あのボス猿をも凌ぐって話で、冒険者ギルドじゃ大騒ぎだ」
「じゃあ、また大規模な討伐隊が?」
「そうなるかもな。だが、鳥型の魔物は俺の専門だ。他の連中に邪魔されるよりも、一人のほうが動きやすい」
あの背負っている弓で仕留めるのかな。金色の荒鷲のケイティさんも矢でボス猿に止めを刺したっけ。
矢の威力は私も見てるから、この人の自信が理解できる。
「奴の特徴は嫌というほど研究した。快音波を放つ前は必ず滑空しつつ、クチバシを大きく開けるんだ。俺の矢はそこを狙う! なぁに、外しはしないさ」
「クチバシを大きく……?」
「攻撃こそが最大の隙ってな。だが、闇雲に撃ったところで当たるわけじゃねぇ。弓矢ってのは繊細なんだ」
「滑空しながら?」
ふと、さっき討伐した鳥の魔物を思い出した。ここら辺で鳥型の魔物なんてほとんどいない。ましてや、あれ結構大きかったような。
「なぁに! 全部、俺様に任しときゃいいんだ! ガッハッハッハッ!」
「そ、そうですね。心強いです」
私の呟きをよそに、ドンダラさんは自分語りに熱が入っている。あれが偉大なる空王じゃない事を祈るべきか。祈らないべきか。
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