第16話 ライトポーション製作 1

「はい、ミルカ。頼まれていたバフォロの肉ね」

「ありがとうございます、アリエッタ様。スタミナをつけるにはこちらの食材が一番です」


 あれからお客さんは来ていない。宿屋としてはまずいんだけど、暇なうちに食材を仕入れて溜めておく事にした。

 頼まれたバフォロは四級の魔物で、普通の牛肉よりも脂が乗っていておいしいと評判だ。

 例によって危険な魔物だから単価は少し高い。食材は冷魔石で冷やされた食糧庫に保管できる。とはいえ、永遠に保管できるわけでもない。


「男女風呂の工事とライトポーション製作も進めていかないと。やる事が多すぎて楽しくなってきた」

「ライトポーションとは何ですか?」

「普通のポーションよりも軽くて効果が高いやつ。ただし材料も、普通なら冒険者に頼むレベルのものだね」

「でも、アリエッタ様なら……」

「そう。材料は問題ない」


 製作に関しては素人だから、これは試行錯誤だ。風呂の工事をやりつつ、私は考えていた。

 片手で転移破壊をして石材を形作り、片手で転移して組み上げていく。位置を修正しながらも、もう一つの大浴場と同じものが出来上がってきた。

 こんな私をミルカが呆然として見ている時がある。


「アリエッタ様は……すごいですね」

「確かに一人でこなす仕事じゃないよね」

「それもそうなんですが……」


 ミルカは言い淀んだ。言わんとしてる事はわかるし、自分でも自己評価はかなり高い。

 あれだけお父様とお母様に言われてんだから、嫌でもそんなものは確立する。だけどこんな私をもってしても、一人では限界があった。

 だからこそのミルカだ。


「万が一、お客さんが来たらお願いね」

「はい、お任せ下さい」


 午前中は工事をして昼食を済ませた後、ライトポーションの試作に取りかかる。

 ポーションの完全上位互換なんだけど、製作コストの課題のせいであまり普及していない。王都の道具屋にすら並んでいないほどで、欲しい場合は素材を持って専門職に頼む必要がある。

 こんな感じだから、活用している冒険者パーティは少ない。

 宿屋内にある工房にて、私は製作に取り掛かる。必要素材はヒリング草と魔力の水、そして魔力の砂だ。

 ヒリング草と魔力の水で普通のポーションが出来る。

 この二つは採取も可能だけど、大量に必要になるからこれくらいは大量仕入れしたほうがいい。私が採ってきたのは魔力の砂のみだ。


「ヒリング草を魔力の水に煎じて……配合は……」


 調合に関してはにわか知識しかないので慎重になる。普通のポーション製作でさえ四苦八苦だ。

 わずかな配合ミスで味が激変するし、回復効果もほぼない。煮詰まる時間も見極めないと、これも同じ結果になる。

 いくつかの試作品が出来上がったけど、プロが作ったものとは悪い意味で比較にならない。


「これは厄介ですな!」


 などと一人ごちる。だけど手ごたえとしては転移魔術ほどの難易度じゃない。最後に出来上がった試作品を味見して、そう確信した。

 売られているポーションと飲み比べながら、また製作を開始する。余ったポーションは責任もって飲んでたけどお腹に限界がくる。


「転移破壊……」


 失敗作を転移破壊で消失させる。せっかく作ったものだから気分はよくない。

 気を取り直して、まずは何としてでも普通のポーションを完成させよう。


                * * *


「はっ!?」


 ベッドの上で目を覚ました。試行錯誤が行き過ぎて寝てしまったみたいだ。

 たぶんミルカが運んでくれたに違いない。ドアが開いて、ミルカが入ってくる。


「私、寝ちゃった?」

「はい。あれから随分と試作されたようで……その。差し出がましいとは思いましたが、味見をさせていただきました」

「恥ずかしい。お客さんは?」

「一組ほどいらっしゃいました。驚かれたようです」


 聞けば三級の冒険者パーティらしく、近道として利用する冒険者もそこそこいる。

 料理も大絶賛だったみたいで安心した。私も宿屋の亭主として挨拶しておこう。


「冒険者さん達は今、お風呂かな?」

「もうお休みになられました」

「そんな時間だったの!?」

「夜中ですね。それとポーションですが……」

「まだまだでしょ」

「あと少しだと思います。私からも意見、よろしいでしょうか」

「そうだ……。ミルカがいたんだ」


 勘だけどこの分野ならミルカのほうが上手だと思う。私も料理は出来るけど、味は敵わない。

 ミルカによるとポーションの質は売り物に近いレベルに迫ってるらしい。ただあと一押しがないと、回復効果自体は劣化版とのこと。

 更にここから魔力の砂を調合して更に質を向上させなきゃならない。


「アリエッタ様、出来ることがあれば何でもします。ですから、一人であまり無茶をなさらないで下さい。あの日、そう約束しましたから……」

「……うん。ごめん」


 ミルカに声をかけた日の事を思い出す。この子も最初から何でも出来たわけじゃない。出来なくて田舎に帰ると涙ぐんでいたんだ。


「一緒に頑張ろうって言ったもんね」

「はい……。そうお声をかけていただいて、あの日に誓ったんです。この方に尽くそうと……」

「でも今じゃミルカのほうが料理はうまいもんね。実は料理の魔術式が刻まれていたりして?」

「ふふっ、そうだといいですね」


 二人で笑い合い、今日はぐっすりと眠る事にした。少しは休まないとね。

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