第15話 家族会議
「全員、揃ったな」
ルシフォル家の当主である私を初めとして、この場にはアリエッタ以外の家族がいる。
本来であれば全員の都合がつくなど、なかなかないが今回は特別だ。ルシフォル家であれば、どんな場面においても多少の融通は利く。
息子や娘達がそれほど家族会議を優先してくれた結果だった。
そして家族以外にもう一人、アリエッタの魔術における教育係りを務めたセゾンだ。
「こうして全員が揃うのはいつ以来か」
「フン! 父上! アリエッタがいないではないか!」
「議題はそのアリエッタなのだが今回はあえて呼んでいないのだ。ヴァンフレム」
「あなたはいつからそう甘くなったのか……!」
長男であるヴァンフレムが不満を漏らすのも無理はない。彼も私と同じくルシフォル家の血の犠牲者なのだから。
料理人の夢を断たせて、宮廷魔術師への道を歩ませてしまったのだから。
「食事をしながらでも聞いてほしい」
私はアリエッタについて、魔獣バンダルシア討伐を含めて語った。転移魔術や彼女の夢について話す間、子ども達の反応は様々だ。
ヴァンフレムは顔をしかめ、次男は目を瞑り、マルセナは指で枝毛をいじる。次女は笑顔だ。
そして最後にセゾンへと話を振る。
「……私はほとんどお役に立てませんでした。ほんの初歩である魔術制御の基礎を教える。そこまでです。アリエッタ様はすぐに私の手を離れました。魔術の基礎をすべてマスターするのに……その、言いにくいのですが……」
「いい、セゾン。続けてくれ」
「この場にいるどなたよりも……習得速度が異常でした……」
魔術師セゾンはルシフォル家お抱えで数十年、仕えている。齢八十過ぎと私よりも高齢だが、魔術の腕に衰えはほとんどない。
私の父の代からの付き合いで、葬儀の際には共に涙を流してくれた。子ども達への教育もぬかりなく、手を抜くなどもっての外だ。
そんな彼がアリエッタへの教育を事実上、放棄したのである。
「本当に……今でも申し訳なく思います」
「お前ほど腕のいい魔術師はそういない。嘆くな、誇れ」
「はい……」
「私自身、他人をとやかく言えた筋ではない。何せ最初はアリエッタを諦めさせるつもりだったのだからな。転移魔術単体では戦闘など難しく、あの子の夢の実現は不可能だと思っていた。ところが……」
ミルカからの報告を聞くうちに自分が情けなくなったのだ。
ある子は私の言葉に素直に従った。ある子は反発するも、成長につれて考えが変わった。ある子はアリエッタと同じく約束させるも、予想の域を出ない魔術となった。
しかしアリエッタは私を認めさせるためだけに魔術を磨いたのである。
私はルシフォル家としての体面しか考えていない己を律するようになった。アリエッタはルシフォル家の娘である前に私とエリザの子どもだ。
次第に資料を集めて協力しようと努力したが、成果は出なかった。しかしアリエッタは成果を出した。私が何か言えるはずもない。
「私は願いました……。どうかこの子がよからぬ野心を抱かぬようにと……。どうか宿屋という夢にとどまってほしいと……」
「転移魔術ばかりに目がいくが、魔力の総量はこの場にいる全員を足しても届かん」
「父上! それは我々に対する侮辱か!」
「憤る気持ちはわかるが事実だ。あの子は自らの魔力を悟らせない魔術式まで組んでいるのだからな」
「我々とてその程度は」
「それも幼少の頃からだ。お前とて感知できなかっただろう?」
「う、うぅ……!」
それが出来るようになったのはヴァンフレムですら成人してからだ。言葉に詰まるのは当然だった。
「この中で魔獣バンダルシアを一人で討伐できる自信があるものはいるか?」
手を上げるものはいない。ヴァンフレム一人を除いて。
「俺ならやれる!」
「瞬殺できるか?」
「それは難しい!」
「話を聞く限り、アリエッタは苦も無く討伐した」
「父上は何が言いたいのか!」
「……お前達に謝りたくてな」
席を立ち、子ども達を見渡す。この歳になって初めて顔をまともに見たように思う。
「私はお前達に厳しく当たった。夢を否定した事もあった。
ルシフォル家の当主として、そんな大義名分を振りかざしていたがアリエッタを目の当たりにして目が覚めたのだ。
あの子の前では私とてちっぽけな存在であり、正しさばかりがあるとは限らないとな」
誰もが言葉を発さない。怒り、失望、呆れ。どのような感情があるかはわからないが今日、私はけじめをつけたかった。
「当主として……父親としてすまなかった」
「ち、父上ッ! あなたほどの方が何を!」
「アリエッタについてはどうか見守ってやってほしい。今は一人の人間として、あの子の夢を応援している」
「アリエッタ……。父上にここまでさせるほどの力を……」
次男が立ち上がり、食堂を出ていく。マルセナが料理をつついて、話半分で聞いているようにも思える。次女は料理を平らげてた。
「十年もの努力は絶対に無駄にしない。あの子はそう言ったわ」
「マルセナ……。アリエッタに会ったのか」
「ひたむきでかわいいじゃない」
そう言い残して、マルセナも去る。残ったのは何かを考え込むヴァンフレムと次女だった。
彼らが何を思うかは知る由もないが、私としては子ども達を信じるのみだ。アリエッタに協力しろなどとは言わない。
ただ認めてやってほしいと願うばかりだった。
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