第14話 初めてのお客さんを見送る

 ネーナさんとクルスさんの部屋をしっかり分ける。布団はかなり拘ったおかげで二人とも大絶賛だ。

 コカトリスの羽毛布団は凝った体をほぐして、疲れを落とす。名前からして固まりそうだけど先入観を持たずに、そんな効能を発見した人は偉大だ。

 採取の際にいただいた卵も食材として重宝する。一夜明けて、食卓に登場だ。


「コカトリスのスクランブルエッグ! 卵スープ! バーストボアの厚切りベーコン! デザートにモモルの実! ごゆっくりおめしあがり下さいっ!」

「こりゃすごい……。ていうかコカトリスって確か三級の魔物だよな?」

「私が仕留めてきました」

「マ、マジかよぉ! 確か魔術式が刻まれてるって言ってたよな! どんな魔術式なんだ!」

「クルス、マナー違反だよ」


 クルスさんは魔術師じゃないからしょうがない。ネーナさんがきっちりと説明してくれて、クルスさんも落ち着く。

 どうせ明かす予定だからいいんだけどね。


「このベーコン、あ、油がじゅわっと口の中に広がる! スクランブルエッグも濃厚だ! 鶏の卵なんか問題じゃないぞ!」

「コカトリスは危険な魔物だけど、素材や食材が人気だからね。巣の前では石化した冒険者がずらりと並んでいることもあるみたいだけど……」

「ネーナ! 俺達も狩れるように頑張ろうな!」

「そうだね。まだ五級だもんね」


 コカトリスの卵は栄養価も普通の卵より高いだから、力をつけてほしい。そのくせカロリー控えめという良いところ取りだ。

 市場では高値だけど、私なら今からでも獲りに行ける。

 バーストボアは高級食材ではないけど四級の魔物だから危険には違いない。普通の豚肉よりも旨味があって、これも人気食材だ。


「はー、食った食った。栄養ついたぁ」

「クルス、これからどうする? 一度、街に帰ったほうがいいんじゃないかな」

「まだ猿の討伐数が少ないだろ。たった二匹だぜ?」

「それでも報酬は貰えるでしょ。激昂する大将と遭遇したら間違いなく死ぬよ」


「お帰りでしたら、転移サービスも実施してますよ」


 もちろん有料サービスだ。これならリスクなく冒険者を送り届けられる。

 さすがのあの人も、こんなサービスはやってなかったはずだ。


「転移……? それがあなたの魔術式?」

「はい。こんな風にひょひょいと転移できます」

「ホントにひょひょいと移動した!」


 空いてる椅子を適当に転移させると、ネーナさんとクルスさんが大口を開ける。開いた口が塞がらないなんて言うけど初めて見た。


「宿なんてやってる場合じゃない! お前なら特級冒険者まっしぐらだろ!」

「そっちは興味ありませんので」

「もったいない! 羨ま……」


 ハッとなってクルスさんが口に手を当てる。魔術式がなくて悔しい思いをしたネーナさんの前だ。

 さすがに気がついたみたいでよかった。


「ま、俺達は俺達だ。な、ネーナ?」

「……うん」


 シンプルなやり取りだ。それだけに二人の思いが感じられる。

 最初のお客さんが応援したくなる二人でよかった。生き延びてほしいし、大成功してほしい。

 あの人も、こんな気持ちで宿屋をやっていたのかなとほんのり妄想した。


「転移サービスを含めた宿泊代なんですけど……。お金、あまりないんですよね?」

「うん……今はこれだけしかない」

「じゃあ、このくらいいただいておきます」

「け、結構とるのね……」

「魔術の安売りはしたくないので」


 マルセナお姉様の受け売りというわけじゃないけど、対価は力への評価に繋がると思う。

 自分の魔術を安く見ていないからこそ価値が生まれて需要が発生する。それこそ、片手間にちょちょいとやってくれだなんて絶対に言わせない。


「残り半分は必ず払いにくるよ。二人で強くなって、簡単にここまで辿りつけるように修業する」

「そう言ってもらえると嬉しいな。じゃ、ハーウェルの街に転移させるね」


 二人を転移させた後、さっきまで賑やかだった宿内が静かになって少し寂しい。

 空いていたんじゃ店として成り立たないし、冒険者がキゼルス渓谷へ来る導線が必要だ。それと人手も忘れたらいけない。

 料理や雑用はミルカが神みたいな仕事をしてくれるけど、あまり負担もかけるわけにはいかなかった。


「アリエッタ様! 宿屋、繁盛させましょうね! 私もどんどん働きますから!」


 何せこの子ったら、休むという概念を知らない。休暇を与えても半日で戻ってくる始末だ。大切にしているからこそ、休んでもらいたいのに。

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