第35話 大規模討伐開始みたいです
事前に打ち合わせは済ませているらしく、陣形は出来上がっていた。
前衛、中衛、後衛に分かれて渓谷を探索している。ただ歩き回るだけじゃなくて、ボス猿の痕跡探しも兼ねていた。
毛、足跡、糞。木が破壊された後とか、これらを収集してボス猿の寝床を探る。単に正面から挑むんじゃなくて、寝ているところを襲撃する予定みたい。
「猿の一匹も姿を見せないな」
「これだけ大勢で編成したのは失敗だったかもな。警戒されてる可能性がある」
「しかし激昂する大将が情報通りなら、いの一番に向かってくるはずだろう?」
冒険者達の背後にある木の枝に一匹の猿がいた。襲う気配がなく、ササッと枝から枝へと飛び移って消える。
誰も気づいてる素振りがない。なんだか胸騒ぎがした。
「一度、退こう。やっぱり妙だ」
「猿どもが作戦を立てて待ち伏せしてるってか? 冗談だろ」
「さすらいの大狼やトリニティハートがやられたんだぞ。情報通りなら知能も高い」
「ぐあぁっ!」
その時、一人の冒険者が額から血を流してしゃがみ込む。何があったと確認する間もなく、もう一人の後頭部に何かが当てられた。
投石だ。それも一か所だけじゃない。
「前衛! 盾を構えろッ!」
討伐隊のリーダーの判断は早かった。少しでも遅れていたら、猿達の投石による集中砲火で総崩れだった。
単なる投石でも十分危険だし、それに猿達の腕力とコントロールが加わるんだから立派な攻撃だ。
猿達は茂みに隠れて、微妙に冒険者の目につかない位置にいる。気づかないうちに包囲されていた冒険者達は一瞬のうちに窮地に立たされた。
「いつの間に……!」
「討伐にはあえてこんな場面も必要だろう! 疾風ッ!」
エンサーさんが片手を上げると同時に、周囲の猿達が巻き上げられるようにして斬られた。
木の葉や草も舞い散り、残ったのは猿達の死体だ。見えない刃、それが私の感想だった。
「エ、エンサーさん……すげぇ」
「あえて、こんな猿知恵に付き合うのも悪くはないがな。あれを見ろ、しょせんは猿だ」
エンサーさんが指したのは生き残った猿だ。一目散に逃げ出したみたい。
「急ぐぞ。あれを追えばボス猿の居場所がわかるに違いない」
「な、なるほど! だから、あえて一匹だけ残したんですね!」
「そう、あえて……だ」
これが魔術式持ちだ。何の詠唱もなく、片手で魔物の群れをあしらえる。
それにしてもあの魔術式、かまいたちの原理を応用してるのかな。風ならまず見えないし、速度もある。防御不可、不可視。風殺にして封殺。いや、知らないけど。
「気を抜くなよ。すでに知っているあの猿どもはせいぜい五級から四級下位程度の実力しかない。情報通りなら上手の個体がいる」
「ここはあんたに任せるよ」
リーダーの座をエンサーさんに譲った。あの人もいい大人で、冷静な判断力があると思う。
エンサーさんも鼻にかける事なく、自分が斥侯を務める。先行して逃げた猿を追いかけて、場所を特定するみたい。
私もひっそりと転移して跡をつけた。
「あれか……」
エンサーさんの遥か視線の先にある洞窟、その入口に一際体が大きい猿達がいた。
さっきまでの猿達とはまるで違う。モリモリな筋肉がすごい。それが二匹も門番をやっている。あれがトリニティハートを返り討ちにした個体かな。
状況を確認したエンサーさんはすぐに立ち去ろうとした。
「ッ……!?」
上から高速で何かが降ってきた。地面が爆発したように破裂して、木々が揺れる。
岩の塊みたいな丸々とした体型の猿が砲弾みたいにエンサーさんを狙ったんだ。
寸前のところで回避したエンサーさんは迷いなく攻撃に移る。片手で風の刃を放ち、岩みたいな猿を切りつけた。
「効いてない……!?」
「ウゴウゴウゴ……」
皮膚が固いのか、少し体毛をまき散らしただけだ。そいつはニタリと笑った。
危険を感じたエンサーさんは風の刃をまといつつ加速して、距離を取る。
「トルネードッ!」
竜巻の中に岩猿が閉じ込められて、高速回転する。少しずつ切り裂かれるも、致命傷にはなってない。
「ウゴウゴッ!」
「こいつ……!」
血は出ているものの、まだ元気だ。次の一手は更に早かった。疾風のごとくエンサーさんが加速して逃げる。危険だと判断したんだ。
「撤退だッ! 説明は後にする!」
合流したエンサーさんに、事態を聞く人はいない。わずかな戸惑いはあったものの、全員が手早く逃げの一手に移る。
だけど遅かったみたいだ。木々を破壊して転がってきた岩猿が冒険者達に突進してきた。
「ウインドシールドッ!」
風圧で岩猿の突進の威力を殺す。さすがに怯んで勢いは止まったものの、また体勢を立て直してきた。
「俺が抑えるから逃げろッ!」
岩猿が突進を開始する前にエンサーさんが先手を取った。風の刃を下から発生させて、転がりによる突進を防いだんだ。
冒険者達が逃げる間も、エンサーさんが岩猿にありったけの魔術を叩き込む。
体中がズタズタになり、少しは怯んでもよさそうなのに岩猿はエンサーさんを睨んだ。
「フフ……。俺も逃げるべきなんだがな。あえて相手にしてやろう……」
ここで逃げれば間違いなく追ってくる。エンサーさんはそう確信していた。
この戦い、私はどうするべきなんだろう。
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