第34話 大規模討伐前みたいです

「失礼、ここが冒険者の宿か」

「こんな少女達が?」

「魔術を使うという噂だが……」


 次々と入ってきた冒険者達だけど、いつになく人数が多い。

 部屋だけじゃ足りなくなるから、お一人様の寝床で妥協してもらうしかなかった。そう説明したけど、大した興味は示されない。ただ一言、「そうか」と返事をされただけだった。そしてまた一組、二組と入ってくる。


「参加できる三級パーティはこれだけか?」

「一級の金色の荒鷲が明日、到着する予定らしい。ところで四級以下には本当に声をかけなくてよかったのか?」

「数さえ揃えればいいわけじゃない」


 まだ来てくれるみたい。お客様だから歓迎したいけど、さすがに寝床が厳しくなってきた。

 どうしたものかと考えていると、一人の冒険者が察したかのようにフォローしてくれた。


「すまない。突然の事で驚いただろうが、スペースが足りなければ外でテントを張る。迷惑はかけんよ」

「テントだなんてそんな……。この野営地に宿を建てたのは私ですから、何とかします」

「いや、本当に気にしなくていい。君達にはあの金色の荒鷲やさすらいの大狼、トリニティハートが世話になったみたいだからな」

「トリニティ……?」


 説明されてようやくわかった。先日、やってきた喧嘩になりかけたパーティがそうみたい。

 たった三人ながら異例の速度で二級まで昇りつめた若き天才だとか。そんなにすごい人達なら尚更、あんなところで仲間割れさせるわけにはいかない。鍋効果はこれからも積極的に利用していこう。


「ここを拠点として、一級に指定された激昂する大将討伐隊を編成する。そういうわけで、今回は手が空いてる冒険者に声をかけて集まってもらったのだ」

「そうだったんですか。いよいよ本格的に乗り出すんですね」

「厄介なのはボス猿だけではないからな。ここ最近、猿達の数が異常に増えている。だが、なんといっても国が腰を上げない……」


 国の主戦力といえばレグリア王国術戦部隊ミドガルズだ。その頂点に立つのがルシフォル家の長男ヴァンフレムお兄様だから、私としても少し気まずい。

 でも、だからといってお兄様の仕事に口出しなんてもっての他だ。そんな事をしたらすごい怒られる。そもそも屋敷にほとんど帰らないから、コンタクトすら取れないけど。


「マッサージする流れなのです?」

「もう少し待ってね」


 物々しい雰囲気を察したのか、フィムが不安そうにしている。今、到着している冒険者達はこれから猿達を討伐しに行くみたい。

 休憩を挟みながら数日ほどかけてまずはボス猿の戦力を削いでいく、と。これは私達としても責任重大だ。

 このたくさんの人達が全力で戦えるように、休める空間を提供しないといけない。


「皆様、討伐の前に温泉に入られては? ここの温泉は体にいいので、その後でこちらの子によるマッサージはいかがでしょうか? 体がほぐされますよ」

「ほぐしてやるのです!」

「マッサージをさせていただきます、でしょ」

「させていただきますのです!」


 発言した後で気づいた。これだけの人数に対して、フィム一人にマッサージさせるのは酷だ。


「に、人数が多かったね……」

「平気なのです!」

「そ、そう」


 やる気に満ちているから任せてみる。

 ゾロゾロと大浴場に向かった冒険者達を見送った後で、ミルカと一緒に厨房で夕食の仕込みを手伝った。

 それと討伐前に何か軽く栄養を摂取できるものを提供しようと思う。


「アリエッタ様。サンドイッチやおにぎりでどうでしょう?」

「おにぎりって確かアズマの料理だよね。片手サイズで米を丸めたやつ」

「そうです。ノリという食材があればいいのですけど、なくても問題ないです」

「ノリか。少しでも栄養を取ってほしいなら、妥協しちゃいけないよね。買ってくる」


 アズマとまではいかなくても、王都にもそのくらいの食材は売ってる。サッと転移してサッと買ってくればいい。

 ところで行きつけのお店で最近、こんな話を聞いた。突然、現れては消える幽霊少女の噂がまことしやかに囁かれているみたい。話半分で聞き流していたけど、まさか私だったりして。


                * * *


 風呂上がりに冒険者達が全員、サンドイッチとおにぎりを頬張ってる。

 締めのドリンクにマッサージと、討伐前の準備は完璧だ。あまりにマッサージが気持ちよすぎて呆けてる人もいるけど、きっと大丈夫。


「あぁ……寝よう」

「寝るな」


 至極まともな突っ込みで冒険者が仲間の一言で目が覚める。

 かなりの人数だったけどフィムは快諾して高速で終わらせた。無尽蔵ともいえる体力が成せる技だ。


「体が軽いな。期待してなかったけど、こりゃ馬鹿にできん」

「あえてしてもらった甲斐があった。魔力の巡りもよくなった気がする」

「エンサーさん。あんたには期待してるぜ」

「あえて、この討伐作戦に参加したのだ。この風殺のエンサー、無双してみせよう」


 いつかの魔術式持ちのエンサーさんがいた。同じ魔術師として魔術式が気になるけど、グッと堪える。

 体を覆うシルエットみたいな魔力を見れば、あの人の強さがなんとなく見えてきた。他の冒険者にも魔術師はいるけど、あの人はレベルが違う。そういえば私はシスティアお姉様以外の魔術師としての活躍すら見た事がなかったっけ。


「ね、ミルカ。少しだけあの人達の戦いを見に行ってもいい?」

「お願いしなくても、命令して下さればいいのですよ。それがアリエッタ様の素敵なところでもあるのですけど……」

「ごめん。じゃあ、ここを頼むね」


 素敵な言葉をもらえたところで、出ていった冒険者達の様子を見にいく事にした。

 見つからないように小刻みに転移しながら、草葉の陰からそっと覗く。いよいよ冒険者達による猿討伐作戦が開始されようとしていた。

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