第33話 仲直りできる料理

 夜になって冒険者達が汗まみれ、泥まみれで帰ってきた。かなり激しい戦いをしてきたのかな。

 着くなり、食事も取らずに部屋に入っていった。宿としては自由にしてもらって構わないけど、さすがにお風呂に入ってほしい。


「あの人達、二級のはずだけど猿達がそんなに手強かったのかな」

「お猿さんのボスと戦ったのでしょうか?」


 私達が勝手な推測をしていると、冒険者の一人が部屋から出てくる。そして無言で宿から出ていった。なんだか物々しい雰囲気だ。

 こっそりと部屋の前に転移すると、中から言い争う声が聴こえてくる。防音については少し弱かったかな、などと反省点が見つかってしまった。


「陣形が乱れたのはあいつのせいだ!」

「だからってあんな言い方をする事ないじゃない! それにあの猿達、手下ですら異常な強さだった! 一向に討伐されない原因かもしれない!」

「確かにおかしかったな。体つきも異常だったし、次のボス猿候補にもなりかねない」


 要するに討伐に失敗して、今出ていった人に責任をなすりつけている。

 冒険者といっても人と人だし、こういう事もあるんだろうな。それよりも二級冒険者でさえ討伐失敗するほどのボス猿って。


「ねぇ、王都へ戻りましょう。ボス猿が一級に引き上げられたなら、私達だけじゃ厳しいわ」

「いいや、あいつがしくじったのが悪い。あれさえなけりゃ、手下くらいは討伐できた」

「まだそんな事いって!」

「あの強さだからこそ、ここで討伐しておかないとまずいだろ!」


 また争いの兆しが出てきた。私としてはお客様の事情に立ち入らない方針を取りたいけど、決裂なんて結果は見たくない。

 それに物を投げてケンカされても困る。というわけで一度熱を下げてもらうために、ドアをノックした。


「亭主です。お食事の用意が出来ました」

「食事? あぁ、そうだな……」


 狙い通り、言い争いを阻止した。渋々といった感じで部屋を出てきた二人の様子はまだ険悪だ。


「もう一人の方もお呼びしますね」

「別にいいよ」

「当宿自慢の料理を食べてほしいんです」


 強引に押し切って、外の風に当たっていた冒険者を連れてくる。今回は男二人、女一人というパーティだ。男女とも若くて歳が近そうだし、クルスとネーナみたいな感じかもしれない。

 宿のテーブルには鍋料理を用意していた。グツグツと煮込んだコカトリスの肉を初めとして、野菜なんかも豊富に入ってる。


「コカトリスを殺して肉にした鍋なのです!」

「フィム、もう少しマイルドに紹介しなさい。コカトリスの鍋でいいの」


 リアリティな紹介はいらない。コカトリスと聞いて冒険者達の手が止まる。


「コカトリスって確か三級だよな……」

「うまい! うまいぞ!」

「おい、デューク。ふてくされて出ていったくせに一番先に食うのかよ」

「ハルベル、ケンカなら食った後にしようぜ! この鶏肉、プリップリのコリッコリだ!」


 ミルカの下処理のおかげだ。怒っていたハルベルさんもやがて手をつける。

 しんなりとして鶏ガラ出汁が野菜に染みこんでいて、口の中でほどけるはずだ。


「鶏ガラ出汁が野菜に染みこんで口の中でほどける!」

「お前、俺が手をつけようと思ってた肉を!」

「本当においしい! いくらでも食べられちゃう!」

「太るぞ!」


 テーブルの下で足を蹴られたハルベルさん。結構痛かったらしく、悶絶してる。

 この鍋という料理、皆で食べるには最適らしい。効果はあったらしくて、さっきまでの険悪な雰囲気はもうない。

 取り合いになってるのが少し気がかりだけど、おかわりも用意してある。ミルカが。


「たくさんぶっ殺したから肉はあるのです!」

「だから言い方」


 ミルカとフィムがおかわり分を持ってくる。ぶっ殺したのは私なんだけど、あまり強調しないでほしい。今は私に関心を持ってほしくないし。


「でもこれ高いだろう? そこまで持ち合わせはないんだが……」

「ここまではサービスです」

「ここまでは、か。なるほど、それなら問題ないな」


 安心して更にがっつく冒険者達。実は鍋料理はこれで終わりじゃない。締めとして入れるものがある。

 なんとライスを投入するみたい。上品な料理しか食べてこなかった私には少し刺激が強かった。

 だけど食べてみると意外と――


「革命の夜ッ!」

「病みつきッ!」

「奇襲!」


 褒められてるのか迷うワードだけど、夢中で食べてくれてる。冒険者の人達は全体的に大食らいだ。

 あっという間に汁一滴まで完食してしまった。


「はー……。食いすぎたかもしれん。汁飯は革命だった……」

「もう何も言う事はないな。帰ろう」

「いや、帰っちゃダメでしょ」

「……王都に、だよ。満腹になって冷静になれた。今日は運がよかったんだよ」


 ドリンクを飲み干したデュークさんが二人に話し始めた。

 今の自分達だけではボス猿達を討伐できない事。事態は思ったよりも深刻で、応援が必要な事。そして最後に二人に対して謝った。


「すまなかった。気が焦って二人を危険に晒してしまった」

「いや、俺もフォローできなかった。お前が言う通り、今日は運がよかった。あのマッサージのおかげかな」


 やり玉にあげられたフィムが指をわきわきと動かしてやる気だ。あれに救われたとは一体。


「体がほぐれて動きは悪くなかった。あれがなかったら溜まった疲労が解放されずに死んでたかもしれない」

「そうね。だからこの宿に出会えたのは運がよかった。宿屋さん、ありがと。明日には王都に帰るわ」

「それなら転移サービスをご利用されますか?」

「て、転移サービス?」


 そのフレーズで今の今までスルーされていた私に矛先が向かった。

 それはもういろいろな質問が飛んできて、魔術式への質問はマナー違反と釘を刺してようやく終わらせる。

 この人達の中に魔術師はいないみたいで、二級といってもこれに関しては初耳だったみたい。

 何にしても、この暗黙の了解は便利だ。これからも使っていこうと思う。

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