第32話 マッサージがすごいみたいです

「フィムちゃん、お皿を洗ってくれますか?」

「洗いまくるのです! あぁっ!」


 案の定、急ぎ過ぎてお皿を割ってしまった。だけど、そこは優しくミルカがフォローする。

 厨房内に関してはこの子に任せてあるから安心だ。


「こうすると一度に多く持てますよ」

「そんなに! いっぺんに! です!?」

「いっぺんにです。ただし最初は少しにしましょう」


 たくさんの皿を両手で挟むようにして持ったミルカ。目標を持たせる事でフィムはよりやる気を出す。

 与えられた仕事に真剣に向き合ってくれるし、大収穫だ。これで結果がついてくればいいんだけど。

 

「あ、洗濯は終わったみたいなのです!」

「よく聴こえますね……」


 獣耳を動かして、フィムは洗濯室に駆けていく。音で洗濯終了を知らせる仕様の魔導具だけど、厨房からだとまず聴こえない。

 だけど獣人は人間よりも遥かに身体能力が高くて、鼻や目が利く。このおかげで無駄なく仕事がスムーズに進んだ。

 私達みたいに頃合いを見て、足を運ばなくてもいい。


「全部、部屋に持っていってセッティングするのです!」

「まだ出来ないでしょ。私がついててあげる」


 乾かし終えた大量の洗濯ものを持って、また駆ける。転移魔術がなくても、持ち前の足で仕事を効率よくやってくれた。

 なるほど、獣人ならではかもしれない。このフィジカルは絶対に利点だ。


「終わりなのです!」

「ありがと。でも、頑張りすぎないようにね」

「平気なのです!」


 体力面なら私とは雲泥の差だ。絶えず動き続けてるし、ミルカ以上に心配になるほどだった。

 休憩を与えても反復横跳びとかやってるし、休憩になってない。それはともかく新たな課題として、接客がどうなるかな。

 そんなタイミングでまだ午前中だけど、冒険者達がやってきた。


「少しの間だけ世話になるよ」

「ちゅーしょくのご用意をするのです!」

「わっ……! こんな小さな子まで働いてるのか?」


 昼食はまだ先だとフィムに注意する。やる気が先行しているかな。この辺も勉強させないと。

 まずはきちんと挨拶をしてお客様を迎えてもらおう。


「いらっしゃいませです! お風呂です? 食事です? それとも寝るです?」

「あのね、そうじゃない。ミルカがやってみせるから覚えてね」


 お客様の前で醜態ともいえる場面だけど相手が小さな子どもとあってか、苦笑してくれた。

 確かに傍から見たら従業員というより、お手伝いをしようとしてる子どもだ。

 

「……以上となります。では指定の時間に昼食をご用意いたします」

「頼むよ」


 冒険者達は明日の朝までにここを拠点として魔物狩りをしたいらしい。昼食、夕食、朝食を提供する必要があった。

 等級は二級と、この辺りではあまり活動しない上位の人達だ。

 メンバーの一人が全員にマッサージをしていると、フィムがひょこっと出てくる。


「気持ちいいのです?」

「ん? あぁ、こいつはマッサージがうまくてな。こうしてほぐしてもらうと楽になるんだ」

「フィムもやってみるのです!」

「ハハハ、頼むよ」


 子どもの肩叩きみたいなノリで頼んだんだと思う。期待してなかった冒険者が、フィムのマッサージが始まると一変した。


「あ、あぁ……なんか、いいぞ……」

「楽になるです?」

「君、うまいな。マッサージやったことあるのか?」

「始めてです」

「初めてなのにこんなッ!」


 なんか悶え始めた。表情が呆けてくるほど気持ちいいのかな。

 こうなるとさすがに私も気になる。気になるけどお客様を差し置いてやってもらうわけにはいかない。


「次は俺も!」

「私よ!」

「二人一緒にやるのです」

「それはさすがに無理……あはぁんっ!」


 女性冒険者が変な声まで出した。全身の力が抜けているかのように、テーブルに突っ伏す。

 もう一人の冒険者なんか寝息を立て始めた。これから魔物狩りにいくとは思えない有様だ。


「アリエッタ様。私、マッサージというものは知らないのですが、そんなに気持ちいいのでしょうか」

「私も気になって仕方ない。それにこれはもしかして、サービスになるかも?」

「前から仰っていたマッサージサービスですか?」

「うん。こんなに好評ならお金を貰ってもいいはず。フィムには特別手当てもあげちゃう」


「はうあっ!」


 奇声をあげた末にリラックスしすぎて、ついに涎を垂らし始めた冒険者達が怖い。


「いやぁ、こんなに気持ちよかったのは初めてだよ! ありがとう! 君は才能あるな!」

「え……」

「どうした?」

「何でも、ないのです」


 フィムが何かに戸惑う。褒めてもらってるはずだけど、もしかして慣れてないのかな。頬をうっすらと赤くして落ち着きがない。


「才能、あるです?」

「自信を持っていいぞ」


 獣耳をピクピクと動かして、やっぱり落ち着きがない。

 そもそもこの子は何者なのか。この歳で出稼ぎというのも変だ。本当は明らかにしなきゃいけないけど、本人が話したがらない。

 私としてはフィムの意思を尊重したいから、ここで頑張る限りは温かく接してあげるつもりだ。


「お客様はこれから魔物討伐ですか?」

「最近、猿達が活性化してるみたいでな。このまま増え続けたら人里も危うくなるよ」

「それは心配ですね……」

「君達も引き上げたほうがいいよ。特に猿達のボスの等級が上がったからな」

「ボスというと、激昂する大将ですか?」

「そうだ。二級から一級に指定された。何せ討伐に向かった『さすらいの大狼』のリーダー、アイルが重傷らしくてな」


 その名を聞いて私は凍りついた。さすらいの大狼は前に泊ってくれた人達だ。確かに激昂する大将を討伐しておきたいと言っていた。


「他のメンバーも命に別状はなかったみたいだが当分、活動はできないらしい」

「……そうなんですか」


 冒険者だからこういう事もある。わかってはいたけど、顔を知ってる人だけに複雑な気分だった。

 私としては冒険者さん達を応援する立場に徹底している以上、宿を構えるしかない。

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