第31話 小さな新人がやってきました
女の子の名前はフィム。獣人族の国バルバニースから遥々と出稼ぎに来たけど、うまくいかずに職を求めてさ迷っていたらしい。
すがる思いで冒険者の宿に手紙を出したと、説明を受ける。それにしても、こんな小さい子が出稼ぎだなんて。
「フィムは獣人だけど戦いは苦手なのです。逃げるのは得意だけど捕まったのです」
「転移については気にしないで誇って」
「アリエッタは魔術師……羨ましいのです」
「魔術師になりたかったの?」
「魔術師ならフィムと違って何でも出来るのです。フィムはどん臭くて怒られて、どこにいても怒られるのです」
「二回も怒られるって言った……」
フィムだけじゃなく、魔術師に対して羨望の眼差しを向ける人は多い。
何でも出来るの下りも憧れからくる発言だけど、逆に言えば何も知らないとも言える。だけどこういう子に魔術師とは、なんて説くつもりもない。
「今までどんなお仕事をやったの?」
「え、それは……」
「言いにくい?」
「い、いろいろやったのです」
どうも引っかかる。何か隠してるようだけど、触れていいものか。何より、こんな小さな子を雇っていいのかな。
そもそも素性もわからない上に隠し事をされてるんじゃ、普通は不合格だ。質問を変えよう。
「今まで失敗してきたんだよね。もうやめたいって思った事はない?」
「ないのです! 一人前になって暮らして頑張るのです!」
「そう、じゃあ働こうか」
「いいのですか!?」
耳と尻尾を立てて驚いてる。子どもだからといって甘やかしたくはないけど、この子はまた即答した。
やめたいと聞いて、ないのですと力強く答えたもの。転移魔術の研究をしてる時の私と重ねてしまった。諦めない事が何よりも重要だとわかってるから。
「アリエッタ様、よろしいのですか? いえ、私もこんな小さな子を見放すような事は反対ですが……」
「子どもだからって贔屓はしたくないけどさ。エッチおにいさんや借金おじさんみたいなのに比べたら、ね」
「比較対象がその方々というのがどうにも悲しいですね……」
「まずは純粋なやる気がないとね」
とはいえ、この子は獣人だ。耳とか尻尾の抜け毛が心配だからまずはブラッシングをしないといけない。
説明すると快く受け入れてくれた。軽くブラシで撫でてやると、耳をピクピクさせている。
「ここは宿屋だから、出来るだけ清潔にしないとお客さんに失礼だからね。あ、それとお風呂にも入ってね」
「お風呂、あるのですか!」
「あるのです。ここで働けば、時間がある時に自由に入り放題なのです」
「なのですかぁ!」
尻尾を揺らして異様なテンションだ。ブラッシングを終えると綺麗に見える。かなり毛並みがいい。
「次は風呂! 風呂なのです!」
「しかも温泉なのです」
「おんせぇん!」
「案内するのです」
大浴場にフィムを案内すると、高速で服を脱いで温泉に飛び込んだ。本当は体を洗ってほしかったけど、今はいいか。
「泳いだりはしゃいだりするのは他の人の迷惑になるからね」
「ごめんなのです」
何気に泳ぎはうまい。偏見だけど獣人って水が嫌いなイメージがあったから意外だった。
「なんだかポカポカして、体が気持ちいいのです……」
「疲労回復効果があるからね。長湯は危ないからそろそろ上がろう」
付き合いで入り始めたけど、相変わらずいい温泉だと思う。フィムの頭や身体を洗ってあげて、思わぬサービスをしてしまった。またミルカに怒られるかな。
* * *
ミルカが服を洗濯してくれたおかげで、フィムは頭から足先まで綺麗になった。
さっぱりしたところで本題だ。まずはフィムがどの程度、出来るか。自分で何をやってもうまくいかないとか言ってたから、期待はしてない。長い目で見てあげよう。
「ミルカ、フィムに何をやってもらいたい?」
「食器洗いや掃除ですね。どちらかでも覚えてもらえたら助かります」
「今は洗う食器がないから、掃除にしよう」
ロビー、部屋、廊下、大浴場。大まかな場所を教えて、掃除用魔導具を渡す。
正直に言えば、かなり不安だ。鼻息を噴出させて張り切ってもらってるところ悪いけど、不安が止まらない。
使い方と掃除の仕方をすごく熱心に聞いてくれている。
「じゃあ、実際にやってみて」
「はい! なのです!」
フィムが掃除用魔導具を持ち、そして一気に部屋の掃除を始めた。
速い、速すぎる。部屋中を縦横無尽に駆け巡り、スッ転ぶ。
「ふみゃっ!」
「急ぎすぎだよ。落ち着いて」
スピード自慢はいいけど効率に結びついてないどころか、かえって埃が撒き上がる。
私が後ろから両手を支えてサポートしてやると、ようやく動きが安定した。
「速さも大切だけど、綺麗にすることが目的だからね。部屋が汚いと、気分が悪いでしょ?」
「そうなのです……。すこぶる悪くなるのです」
一通り終えて、次はシーツの張り替えだ。手本をやって見せてあげると、何度も頷いて感心してる。
「ふむふむ! ふむ!」
「じゃあ、やってみて。まずは端と端を持って……」
「ていやさぁっ!」
勢いがありすぎて、シーツを被ってしまった。お化けみたいになってシーツごと蠢いてる。
「奇襲! 奇襲なのです!」
「誰もしてない。さ、もう一度」
「せいやぁっ!」
仕切り直してもう一度やってもらうと、今度は手からすっぽ抜けていく。
ふわりと床に着地したところで、私は感じた。これは前途多難だ。
子どもだし、出来なくて泣きべそをかくかもしれない。ところがフィムは黙々と何度も練習を重ね始める。
「まだ! まだ終わってないのです!」
「おぉ……」
めげずに何度もバサバサとシーツを動かしている。なるほど、これはなかなか見所があるかもしれない。
将来性はわからないけど、諦めない姿勢が気に入った。などと、またも転移魔術の研究を始めた頃の自分と重ねてしまう。
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