第12話 初めてのお客さん
入ってきたのは私と同じくらいの歳の人達だと思う。男の子と女の子のペアだ。
男の子のほうは剣士風で女の子のほうは私と同じ魔術師かもしれない。白い薄手のローブが特徴的だ。
冒険者の低年齢化が進んでるとは聞いた。それは収入的な問題もあったり、憧れでもあったり。この二人はどっちかな。
何にせよ、最初のお客さんだ。張り切って接客しよう。
「お、女の子が二人? それに宿って……」
「いらっしゃいませ! 冒険者の宿へようこそ! お泊りですね!」
「お部屋をご用意します」
「待ってくれ。質問させてほしい」
それもそうだ。レグリアの勇者さんじゃあるまいし、人の話は聞こう。
「こんな魔物がいる山奥で宿? 君は何者なんだ?」
「私、魔術師なんですよ。魔物は心配しないで下さい」
「何故、こんな宿を?」
「冒険者の方々を癒やす為です。さ、道中お疲れでしょう。お部屋にご案内しますよ」
「魔術師? まさか魔術式が刻まれていたり?」
魔術師に反応した女の子が接近してくる。ジロジロと頭から足先までたっぷり見られた。
この子は魔術師だけど驚いている通り、魔術式が刻まれてないんだろうな。
ただし魔力はだだ漏れになっていないから、コントロールはしっかりしている。
「はい。刻まれてますよ」
「やっぱり……。そうじゃなきゃ、こんな商売できないよね。はぁ……羨ましい」
どんな魔術式なのか、聞いてこなかった。この子はいい魔術師だ。
魔術師の間では暗黙の了解で、相手の魔術式の詳細について質問しない事がマナーになってる。
魔術式がバレると不利な場合もある事を知っているからだ。つまり相手の弱点を探るような魔術師はそれだけで疑われてしまう。
人によってはこの子の質問もアウトとするだろうけど、この状況で刻まれてないと判断するほうが不自然だから問題なし。
「私達はキゼルス渓谷で魔物討伐をしていたの。あ、私はネーナでこっちは幼馴染のクルス。正直、ここのおかげで助かったよ……」
「お猿さん討伐?」
「そう。さっきまですごい数に追われてね……。アイテムも尽きて困ってた」
「ここなら安全ですよ。もう日も落ちるし、泊まっていって下さい」
「でも、手持ちのお金があまり……」
「始めてのお客さんということである程度はサービスしますよ」
「本当!? よかったね、クルス!」
最初のお客さんこそが導線になってくれるかもしれない。ネーナは喜ぶけど、クルスは浮かない顔だ。
仲が悪いんだろうか。さっきから口数が少ないし、落ち着きもない。
「クルス、どうしたの?」
「え? いや……それより、腹が減ったな。さすがに食事なんてないよな?」
「ありますよ」
「あ、あるのか。でも、金が」
「サービスです!」
お金が心配だったのかな。だとしたら、この二人の等級はそれほど高くないかもしれない。
猿討伐は実はそれほど高くない。街道は別にあるし、討伐のメリットが少ないからだ。
たまに人里に降りて悪さをするけど、大体は常駐の警備隊が討伐してしまう。
場所によっては畑への被害も深刻みたいだけど、国が深刻じゃないから本腰を入れない。
「すぐに出来るものをお出ししますね」
「ミルカ、お願い」
料理はミルカにお任せしてる。だってどう考えても私より上手なんだもの。
具材を包丁で斬るリズミカルな音。米を炒めて醤油を含んだ香ばしい香りが漂ってきた。これは間違いなく特製バターライスだ。
「ミルカ、おいしそ……」
「アリエッタ様の分もありますから席について待ってて! 醤油は香りづけぇ! 米はバラつかせてぇ!」
こと料理となれば、微妙に敬語も忘れる。実に頼もしい。
すぐに出来るだろうけど、席について二人と話すことにした。
「お二人はどこから来たんですか?」
「ハーウェルの街だよ。こっちのクルスが子どもの頃から冒険者に憧れてね……仕方なく付き合ってる」
「は? 別に頼んでないが? それなのに勝手に鑑式の儀を受けて魔術式なしで落ち込んでよ」
「その件で私をからかった子達を殴ったんだよね」
「いや、あれは魔術式がないなんて当たり前なのにそれを笑うあいつらの浅はかさが気に入らなかっただけで別にお前のために殴ったわけじゃないんだが?」
やたら饒舌な上にクルスの顔が赤い。この二人の関係が妙だなと思っていたところでバターライスだ。
香るバター、塩や胡椒が食欲を刺激する。行儀悪く、バターライスを口にかきこむ。魔術師はお腹が減るんだ。
「こりゃうまい! 誰かの料理とは大違いだな! なぁ、ネーナ!」
「いつも文句いいながら完食してくれてありがと」
「使われた食材に対する感謝の気持ちであって別にお前の料理がうまいなんて微塵も思ってないんだが?」
「おかわりもするよねー」
「使われてる食材の栄養価は高いし、これに助けられて味付けもよくなってるからであってお前の料理がうまいとは思ってないんだが?」
なるほど、食材の栄養価か。これも考慮して、料理を出さなきゃいけない。特にこの人達にとっては重要だ。
あの人の宿屋で出す料理も、そこまで考えていたのかな。あの頃の私にそれがわかるわけない。
「あぁおいしかった! ごちそうさま!」
「今日一日の汚れを落としましょう。お風呂のご用意があります」
「こんなところでお風呂に入れるの?」
「ご案内します」
いよいよ宿屋っぽくなってきた。風呂については大人数が入れるように広く作ってある。いわば大浴場だ。
数人程度は余裕で入れるから、この二人くらいなら平気だと思う。思うんだけど、二人の様子がおかしい。
「どうかされましたか?」
「あのね。お風呂って一つしかない?」
「広さ的には申し分ありませんし、お二人なら十分だと思いますよ」
「あの! あのぉ!」
「アリエッタ様ァァ! 気づかなかった私も悪いのですがストップです!」
ミルカが滑り込んでくる。今度はネーナも赤くなってるし、クルスに至っては固まってた。
何かわからないけど、いきなりトラブルとはついてない。
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