第7話 どんな宿にしようかな?

「場所はキゼルス渓谷。ここは街道から外れてるんだけど、お隣の街への近道でもあるの」

「でも、魔物がいるなら近くても誰も通らないのでは?」


 ミルカの言う通り、普通は遠回りしてでも街道を通る。


 魔物がたくさんいるから、キゼルス渓谷を通るのは腕に覚えのある冒険者パーティだけだ。

 ここを街道として開通させればいいんだけど、なかなかうまくいってないみたい。


「私がここで宿屋を開けば、冒険者達もスムーズに通過できるってわけ」

「なるほど! それならさっそく、転移層を張って営業しましょう!」


「その前に建物の間取りとか外観、必要な設備を練らないと。それに重要課題である回復もね」

「私、お料理は得意ですよ」

「うん」


 確かにミルカの料理はおいしいし、元気が出てくる。そうじゃなくて物理的な傷をどうにかしないと。回復魔術が使える人を雇うのがいいんだろうけど、これがまた難しい。

 昨日の風殺のエンサーさんみたいに、魔術式を持ちながら何故か冒険者をやってる人は希少だ。

 需要がある魔術式、特に回復系なんかは大体どこかに引き抜かれる。冒険者をやるより、そっちのほうが遥かに収入が安定するから当然だった。


「回復といえば、マルセナ様ですね」

「マルセナお姉様の命活術は万病をも治すと言われてるね」

「ご本人に相談されては?」

「治療院の運営で忙しいだろうし、まず怒られる。こと回復系に関してはすごく厳しいから……」


 回復魔術が現実的じゃないとすれば、アイテムに頼るしかない。これは宿屋で販売する予定だから、早めに手をつけておいて正解だ。

 ただし、普通に販売するだけじゃダメ。回復アイテムの需要は高いけど、冒険者達の間では重量問題がネックになってる。荷物持ちの負担が馬鹿にならない。


「課題の一つは回復アイテム製作!」

「製作?!」

「冒険者の宿なら必須だよ。より安価で重量が軽い回復アイテムが補充できてこそ、冒険者の宿屋として一歩踏み出せる。そして寝床だね」

「宿屋なら必須ですね」

「建物、寝床、回復アイテム。まずはこの三つをどうにかしよう。と、その前に……」


 もっとも重要な下調べがある。私は宿屋というものについてほとんど知らない。

 あの人がやっていた宿屋だけじゃなくて、世間の宿屋というものを知るべきだ。


「ミルカ。参考の為の宿屋巡りに付き合ってくれる?」

「はい!」


 まずは王都内にある宿屋を取材しよう。気に入ったなら泊まってもいいかな。


                * * *


 一軒目。安らぎの涼風亭、冒険者向けというより一般客向けだ。料金はやや高め。部屋数が多くて、食事は創作料理がメイン。接客サービスもいい。観光で泊まるとしたら、こういうところが理想なのかな。

 二軒目。渡り鳥の宿。こっちは一軒目よりも冒険者向けかな。料金は安くて、部屋数も多い。

 ただし食事の質は悪い。大した下処理をしていない肉を、塩で煮ただけの料理はあまり評判がよくないみたい。接客もぶっきらぼうで感じが悪かった。

 三軒目。烏合の衆。宿名がひどすぎる。部屋数は多いけど壁が薄くて、防音も何もない。食事はなし。ベッドも汚らしくて、洗濯をしたのかも疑わしい。ただし料金は格安で、寝るだけならと割り切って利用してる人も多い。

 それどころか普通に住んでる人もいる。主と名乗ってる人が偉そうだった。

 気を取り直して、四軒目。旅人の里。部屋どころか寝るスペースがギリギリ確保されてる洞穴みたいな寝床だけ。

 寝ぼけて跳ね起きたら頭ぶつけそう。こっちのほうがより宿泊のみに特化している。料金はより格安。


「宿といってもピンからキリだなぁ。一つ確実なのは客層に応じた営業形態で、どこもそれなりにうまくやってるところかな」

「冒険者の宿はどうされるのです?」

「せっかく泊まるからには気持ちよく寝たいよね。道中、疲れてるだろうし。まずは寝床重視かな」

「では安らぎの涼風亭のような宿にするのですか?」

「あれはあれでちょっと落ち着かないかな。上品すぎてね」

「ルシフォル家のご令嬢ともあろう方が……」


 まだまだサンプルは必要だけど、見えてくるものはあった。冒険者の宿は観光客向けじゃないから、上品に整える必要はない。心身ともにきっちり回復してもらうのが目的だ。

 まず全体的なデザインは安らぎの涼風亭を参考にする。安らぎを名乗ってるだけあって、目の保養になる色使いが特徴だった。

 内装は渡り鳥の宿がいい。程々の広さと酒場みたいなスペースがあれば、冒険者同士の交流も出来る。ここで食事も提供できれば尚良し。ただしお酒はダメ。

 烏合の衆から学んだことは徹底したコストカットだ。これが出来れば、格安料金も夢じゃない。

 旅人の里の穴倉みたいな寝床も考えようによっては有りだ。一人で探索している冒険者も珍しくないし、寝るだけでいいというストイックな人もいるかもしれない。その場合は格安で泊めてあげる。


「要はお客さんに合ったプランを用意すればいいんだ」

「柔軟に対応してこそのおもてなしですよね」


 そうと決まったら宿屋の設計図を書こう。こっちと並行して回復アイテム販売計画も進めていって、必要な備品を洗い出す。ベッドの毛布の質とか、すごい拘りたい。

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