第8話 宿屋建築開始

 建物の設計図にアイテム製造、調べる事は山盛りだけど楽しい。

 わからない事がわかるようになる快感というのは何物にも代えがたかった。

 そんな私があまりにニヤついているせいか、ミルカがドリンクを持ってくる時に深々と覗き込んできた。


「あの、順調なんですか?」

「うん。もう宿屋の間取り図は出来たよ」

「えぇ!? アリエッタ様、建築は初めてですよね?」

「何とかなったよ。必要に応じて増築できる構造にもしたから、後は資材調達だね」


 転移魔術が複雑すぎて何度も発狂した時と比べたら、かなり楽だった。

 客数が今一、予想できないからとりあえず四人部屋が四つ、お一人様用を五つ。バーみたいなカウンターつきの食堂。

 そして盲点だったけど、お風呂も必要だ。衣服洗浄も重要だし、思いつく限りは一通り詰め込んだはず。


「さー、次は現地の下見だね。ミルカ? ボーッとしてどうしたの?」

「あ、いえ……。アリエッタ様は器用な方だなと……」


 ミルカが予想以上に驚いてるから、やっぱりすごい事かな。それより平行して調べたアイテム錬金についても、目途が立ってる。


「ではキゼルス渓谷へ!」


 今度はさすがに魔獣と遭遇しないでしょう。信じてる。


                 * * *


 キゼルス渓谷。森林浴が出来そうな景観は悪くない。谷間の中央を流れる川に沿って歩けば隣の街へ着くけど、問題は魔物だ。

 中でも凶悪な猿達がここの通行を妨害してる。猿達のボスはネームドモンスターとして登録されていて、"激昂する大将"なんて呼ばれてる。


「思ったより綺麗な場所ですね。お弁当を用意してませんでした」

「それはまた今度ね」


 天然な発言をするミルカだけど、ここには魔物がいる。まずは川沿いを転移して、手頃なスペースを探す。

 とはいえ、相手は大自然だ。簡単にそんなものがあるわけない。冒険者達の野営ポイントをいくつか見つけたけど狭い。

 そして王都と街、どちらかに近ければ冒険者の宿屋の意味がない。とっちからでも平等に利用できるのが理想だからだ。


「こりゃ厳しい。こうなったら、野営ポイントの一つを借りるしかないか」

「でも狭いですよね?」

「広げるしかないね。連転移ッ!」


 持ってきたのは練習用の魔道具、四角い版だ。あっちよりも大きいし、これで岩盤を転移破壊して更地を作ればいい。

 高速で連続転移させる事で、ガタガタだった足場が平らになっていく。その様は魔導具が岩を食べているようにも見える。

 そう、見えないほど速い。


「ひゃー! すごいです! こんなの見た事ありません!」

「よし、こんなものでいいか」


 宿屋を建てるだけの場所が確保された。丸いものを放り投げれば転がっていくほどの整地だ。

 ここで安心してもいられない。何事かと聞きつけたかのように、何匹かの猿達が寄ってきた。


「ま、魔物! あの凶悪な顔は何です! 皺がすごい! 目が充血して、怒りの感情を剥き出しているかのようです!」

「意外と冷静に観察するね」


 魔物らしく、私達を発見するなり躊躇なく襲いかかってきた。こんなところじゃおちおち野営も出来ないだろうな。

 転移層のせいで、猿達が私達へ接近できずにいる。混乱しているところで悪いけど、連転移で数体まとめて頭をぶっ飛ばす。


「あんなに素早いのに……す、すごすぎます……」

「私の転移は座標じゃなくて対象だからね」

「え、どういう事でしょうか」

「どこにいても、対象へ転移するって事。もちろん見えないくらい遠すぎると無理だけどね」


 魔物の遺体を転移させて谷底に落としてから作業再開だ。間取り図通りに大まかな寸法を測っていく。

 広さとしては十分で、次は土台作りだ。少しずつ形になってきて、いよいよワクワクが止まらない。


「ミルカ。間取り図ではこんな感じだけど、何か意見ある?」

「うーん……。厨房はもう少しスペースがほしいですね」

「じゃあ、このくらい?」

「はい。それなら問題ありません。それと部屋の間取りですが……」


 間取り図をミルカと見ながら修正する。それともう一つの課題、魔物の襲撃だ。

 普通に考えたらこんな場所で商売なんて成り立たない。だから転移結界を張る。

 結界を張るには専用のアイテムが必要なんだけど、私は魔術式を改良してノーアイテムかつ永続結界を実現させた。


「ていっ!」


 私からふわりと放たれたドーム状の転移結界が無事、建築予定地を覆う。

 その際に遠くから様子を伺っていた猿達が一斉に逃げ出した。


「あら、逃げちゃった」

「なんか静かになりましたね……」


 私は今一度、自分の力を見直した。お父様の言う通り、確かに自分はもっと活躍できる。

 だけど冒険者の宿屋をやりたいんだ。誰がなんと言おうと、あの女性は私の憧れだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る