第82話 獣人と宿
「んぐぅぅ! こ、このゴロウ様がッ! ふぅおっ!」
「ゴローは全体的に凝りすぎなのです……ふみふみ」
フィムのマッサージにて、ゴロウさんが陥落した。犬の獣人ドベルさんは舌を出してぐったりしてるし、豚の獣人ブッチャさんなんか寝てる。
審査されるとあって、さっきまでガチガチに緊張していたフィムだけどすでにいつものペースになっていた。
「ドベルはおかわり、いいのですか?」
「満足だわん……。フルに満足、これぞわんだふる……」
なんか言い出した。質問に答えて。
フィムの仕事能力は料理や接客はミルカに及ばず、おぼつかないところがある。それどころか未だにお客様に失礼な事を言う時があって危ない。
だから緊張を解きほぐす方法として、得意な事をやらせてみた。滑り出しとしては順調だけど、ここはマッサージ屋じゃないからこれだけじゃダメ。次は当宿屋というものを知ってほしい。
つまりミルカに命運がかかってる。だけど今回は一筋縄じゃいかない。
「お待たせしました」
「料理が来たべや!」
この人達は獣人だ。ブッチャさんに豚肉とか論外だし、食の好みも人間とは違う。
下手をすればミルカの料理でさえ、拒否される可能性があった。こればかりは私も固唾を飲むしかない。
「ランサーウオの煮つけ、セイバーシャークのフカヒレスープです」
「ほぉ、こりゃうまそうだべ! おめぇ、このゴロウの好みをわかってるな!」
「すんすん……。どうやら、タマネギは入ってないようだわん」
「獰猛なルーフ様としては少々物足りないな」
「こ、これは……骨が、ない……ブヒ」
ミルカの骨抜きは神がかっている。小骨の一本もない。魚が嫌われる理由の一つが骨だから、まずはここを徹底した。
どんな食材でも幅広くおいしく食べてもらう。当たり前の心がけだけど、口で言うほど簡単じゃない。
もう一つ、大切な事としてはどんな人が食べるか。冒険者は大半がお腹が空いてるだろうし、きちんと必要な栄養がある。
食べる人のニーズに的確に答えてあげる、あの人の宿でもやっていた事だ。
「ランサーウオとは考えたな! バルバニースじゃ、せいぜい川魚しか獲れんから新鮮だべ!」
「人間の料理は合わない事が多いけど、この煮つけは大多数に寄ってるわん」
「大多数だと?」
「言ってみれば、人間や獣人が好む味の中間地点を見事に突いてるんだわん。特に魚なら獣人の中でも主食にしてる奴が多いわん」
「そうかぁ。ブッチャに豚肉じゃシャレになってねえもんな!」
動物性の出汁や油も厳禁だ。野菜、魚、この辺りを中心にしたほうが間違いない。料理は概ね満足してもらったようで何より。
「料理がうめぇのはわかったけどよ。フィルムルス様はマッサージだけか?」
「仕込みを手伝っていただきました。慣れてもらえれば人間の私よりも早くて器用なので助かってます」
「ふむ……」
「ここが冒険者の宿……うぉっ! じゅ、獣人!?」
新しく入ってきたのは人間のお客様だ。冒険者達がゴロウさん達に圧倒されている。
この辺じゃ獣人はほとんど見ないから、人によってはこうなるか。
「人間も獣人も等しく堕ちるのです!」
「な、なんだよ!?」
「凝ってるのです!」
「いきなり何を……ふぁっ……」
冒険者達がフィムのマッサージで陥落した。スマートなやり方じゃないけど、獣人にビックリした人達の緊張をほぐしている。
考えてみれば人間と獣人がいれば、どちらのお客様も安心させられる。獣人はどうか知らないけど、人間だらけの店よりも入りやすいはず。
「そうかぁ。バルバニースから遥々……」
「獣王様がおっかねぇのなんのってよ。ぶちキレたら国外までぶん投げられるべ」
「そ、それはさすがに大袈裟じゃ」
「マジでぶん投げられる」
獣人達が真顔になって、冒険者達が固まる。魔術を使わずに生き物を国外まで投げていたとしたら、それはもはや転移では。
沈黙が続いたところで狼の獣人ルーフさんが牙を見せて笑う。
「ちなみにお前ら、知ってるか? あの国では獣王様も含めて、大体の物事は決闘で決まる。獣王様に全財産をよこせと挑むのもありなんだぜ」
「なんだそりゃ!?」
「まぁ勝った奴なんていないんだけどな」
「皆様! 大浴場のご利用も自由なのです!」
お、フィムが自分から案内したか。獣王の話を聞きたくないのもあるんだろうけど。何せ獣耳を潰しながら話してるから、きっとそうだ。
「じゃあオラ、いってくる」
「ゴロウ隊長は風呂が本当に好きだわん。俺は苦手だわん」
「獰猛な俺もあまり好みではないな」
「汚い奴らだブヒ」
ここにきて新たな事実は判明してしまった。獣人の中には風呂嫌いというか、水が嫌いな人もいる。
ゴロウさんとブッチャさんは入るみたいだけど、ドベルさんとルーフさんはパスか。
無理に入れとは言いたくないけど、宿の魅力を知ってほしい身としては複雑な気持ちだった。
「当宿の温泉は! 健康ぞーしん! 疲労回復! 筋肉もりもりなどの効果があるのです!」
「フィ、フィルムルス様。それは本当ですわん?」
「濁りなき真実なのです!」
フィムが温泉の効能を叫ぶ。半分くらい誇張だけど、フィムとしてはよくやってくれたかな。
「ほう、それを聞くとこの獰猛な俺もそそられますね」
「獰猛な獣人も根を上げる湯なのです!」
「面白い。やってやる」
何をだ。でもこれで、二人も大浴場へ向かってくれた。獣人が魅力を感じる部分を抜き出してアピールしたのはさすがだ。
獰猛なら筋肉もりもりは確かにそそられる。誇張どころか嘘に片足突っ込んでるけど。
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