第81話 獣人のお客様

 熊の獣人は親衛隊長ゴロウ。部下の黒い犬の獣人ドベル、狼の獣人ルーフ、豚の獣人ブッチャ。特にゴロウさんはバルバニースでも五指に入るほどの実力者らしい。 一級の魔物なんて山ほどぶっ殺したとか、すごい自慢された。フィムがよく言う、ぶっ殺すのルーツがわかった気がする。


「何度も言ってるが、怒られるのはオラ達だべ。おめぇは獣王の怖さを知らないから気楽なんだべや」

「知りませんけど、王様が怖いからってフィムの意思をないがしろにするんですか?」

「これは命令だべ。それにバルバニースでは強い奴が次期王になるっつう掟がある」

「フィムが強くないとダメ、と?」

「そうだべ。いくら王様の子でも、弱けりゃ他の奴に取って代わられる……。おめぇらの国じゃ考えられねえべ」


 他国の内政に口を出す気はないけど、フィムは王様なんかやりたくないだろうな。いや、女王様か。


「フィム以外にいないの?」

「何人もいるが獣王様は誰一人、例外なく強くあるべきって考えてる。そりゃオラだってフィルムルス様がやりたい事をやらせてやりてぇべよ……」

「お父さんが怖い、か」


 根本的な事情が私と似ている。獣人の王様は私のお父様とは大きく違うから、完全に一緒には出来ないけど。

 要するに獣王を説得させればいいんだけど話を聞く限り、至難の業だ。


「獣王様は本当に恐ろしいべ。前もなんとかキングってところから来た使者にキレて国から放り出した……」

「まさかウィザードキングダム?」

「そうそう! それだべ!」

「それは恐ろしい……」


 魔術大国の使者を叩き出すか。そういえばお兄様が獣王と戦ったとか言ってたっけ。

 その時にフィムの事を知ったのかもしれない。ていうかスルーしてたけど、なんで戦ったのかな。


「今のままだと、おめぇを誘拐の罪でしょっぴく事になるべ」

「それは嫌です。フィムはどうしたいの?」


「フィムは……宿のお仕事がいいのです」


 フィムがぽつりと語り出した。その覇気がない様子だと、まるで消去法で選んでいるかのようにも見える。

 せめてこの親衛隊の人達を納得させるには、これじゃダメだ。


「最初は、実は……そうでもなかったのです。パパから逃げられるなら何でもって……。でも、アリエッタ達がすごく楽しそうで、熱心に教えてくれて……。フィムも頑張ろうってなったのです。臆病で弱いフィムでも、これが出来れば自信がつくと思ったのです」

「姫……」

「ゴロウは大好きなのです。でも、フィムは戻らないのです」

「こりゃ参ったべ……。オラだって姫を困らせたくない……」


 このゴロウという人、血の気が荒くて手がつけられないイメージだったけど意外と冷静で情がある。

 きちんとフィムの事を考えてくれるけど、命令だから逆らえない。これはどうすればいいのかといえば、一つしかない。


「こうなったら、その獣王に認めてもらうしかありませんね」

「どういう事だべ?」

「フィムが宿屋で働きたいって熱意を知ってもらうんです。私もそうやってお父様に認めてもらいました」

「バ、バカな事いうんじゃねぇ! あの獣王様を知らねえからそんなん言えるんだべ!」

「今から直接、獣王のところへ行きましょうか?」


 ミルカに地図を頼んで持ってきてもらった。バルバニースの場所がわからないと転移しようがない。

 確認すると、このゴロウ達は遠くから遥々やってきたわけだ。


「ちょっと待て! その前に順番を間違えてねえか?」

「というと?」

「オラ達だって姫を自由にしてやりたいべ。けど、もし適正っつうか……。ダメだって思ったら迷わず連れ戻す」

「なるほど。もっともですね。フィム、どう?」


 フィムは自信なさげに頷いた。なんだか心配だけど、まずはこの人達に認めてもらわなきゃいけない。

 それが無理なら、諦めたほうがいい。ゴロウさん達の肩を持つわけじゃないけど、本気でそう思ってる。

 私自身、あのお父様に10年もかけて認めさせたんだもの。苦労はよくわかっていた。


「オラ達が納得すりゃ、一緒に獣王様を説得してやるべ」

「確かにそうなると心強いですね。それで、あなた達をお客様としてもてなせばいいんですか?」

「そうなるな。ただし、オラ達に媚びてもダメだ! そんなもんで、この目はごまかせねぇ!」


 フィムを見ると、やっぱり不安そうだ。いざテストしてやるとなれば誰だって緊張する。このままだと普段通りの動きが出来ないかもしれない。


「フィム。いつも通りでいいんだからね?」

「はい、なのです」

「幸い、今はこの人達しかお客様はいないから落ち着いて」

「はい、なの、です」


 動きがカチコチだ。いつもなら宿屋中をかっ飛ばして、お客様を驚かせる元気があるのに。

 ゴロウさん達の厳しい目が光ってる。


「宿屋っつうもんは寝る場所があればいいんだべ。あとは食う、これでいい」

「そうだわん。雨風さえしのげりゃ何だっていいんだわん」

「とりあえず腹減ったブヒ! この宿、豚肉を出す気じゃねぇブヒ!?」


 バーストボアの肉はセーフかな。獣人だけじゃなくていろいろなお客様に対応するには割けて通れない課題だ。

 獣人のお客様なんて初めてだから、これは私も危うい。ミルカをチラリとみると、少し首を傾げていた。


「バ、バーストボアステーキを、お出しするの、です」

「チャレンジしなくていいから。フィム、よく聞いて」


 まずはフィムを普段通りにしなきゃいけない。その為には自信をつけさせる必要があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る