第83話 文化の違いは盲点でした

「ゴロウ! 風呂から上がったら体を拭くのです!」

「そのうち、かわきますよ」


 体毛をべっちゃべちゃにした獣人達が登場した。廊下が水浸しになって、ひどい惨状だ。

 カルチャーの違いがここにきて響いてきたか。この人達は悪気があってやってるわけじゃないと思う。


「お客様。こちらでお体を拭いて下さい」

「しょうがねぇなぁ。人間は神経質だべ。ドベルを見ろ。体なんかああやってかわかすんだ」

「お客様ッ! 体をブルブルさせないで拭いて下さい!」


 犬の獣人ドベルさんが体を震わせたせいで、水しぶきが飛び散った。実は豚の獣人ブッチャさんが唯一まともだ。綺麗好きを自称するだけあって、身だしなみに関しては人間の感性に近い。


「宿屋さん、すまないブヒ」

「わかってもらえたらいいんです。誰でもわからない事がありますし、お互い様です」

「そう言ってもらえるとありがたいブヒ。あっ! ルーフ! 床に体をこすりつけるなブヒ!」

「なんてことを……」


 もはや何のために風呂に入ったのかわからない。狼の獣人ルーフさんも黙って従ってくれたけど、拭き方が雑だ。

 満足してもらえたなら嬉しいけど、感想としてはどうなんだろう。


「気持ちよかったが、オラ達にはちっとばかし狭いな」

「そうですね。風呂の拡張を検討します」

「それと味は淡泊だな」

「飲まないで下さい」


 このお湯は飲めませんと書くべきかもしれない。獣人のお客様は初めてだから、勉強になる事だらけだ。

 こうなるとフィムはまだ人間の文化に親しんでいたのかな。


「ところでオラ達はどこで寝ればいいんだ?」

「お部屋をご用意して……あ、その。ベッドのサイズが合わないかもしれません」

「こいつらはともかく、オラはきついよなぁ?」

「善処します」


 ゴロウさんは体が大きいから、人間用のベッドじゃ狭すぎる。これは困った。


「ベッド同士をくっつけますので、今回はご容赦願います」

「おめぇ、頭いいな!」

「恐縮です」


 獣人達を部屋に案内すると、ブッチャさん以外がベッドにダイブし始めた。

 壊れるから転移させて止めたけど、ダイブは獣人特有なんだろうか。とりあえず、夜行性だから寝ないなんて言われなくてよかった。


                * * *


 夜も更けて、人間も獣人達も寝入る。ミルカやフィムと一緒に後片付けをしながら、私は物思いにふけった。

 今日までの仕事を通して感じたけど、この宿はまだ足りない。サウナ、湯の温度、ベッドサイズ、大浴場の拡張は当然として獣人のようなお客様にも対応できるようにしたい。人間以外はくつろげませんなんて、あの人に笑われちゃう。


「アリエッタ様、お疲れ様です」

「ミルカのおかげで助かったよ。よくあの人達が食べられる料理を出せたね」

「ドキドキしましたよ。もしあのベアクローを振り下ろされたらどうしようかと思いました」

「ベアクローって。まぁあの体じゃ怖いよね。でも転移層があるから怪我はしないよ」

「そうでした……」


 冷たいレモンドリンクを飲みながら、私は一つの結論を出した。


「ミルカ、この宿さ。他の場所でもやってみたい」

「以前、仰っていた事を実行されるのですか?」

「うん。このキゼルス渓谷も魔物の数が減って落ち着いたら、この宿もそこまで必要なくなるもん」

「危険な冒険をしている冒険者の為の宿ですからね」

「フィムの事もあったからね。あれでちょっと思いついたんだ」


 獣王がどういう人か知らないけど、フィムをこのまま放置していいわけがない。

 要するに家出少女だったわけだし、獣王に認めてもらった上でフィムには気持ちよく仕事をしてもらいたかった。


「次の場所はバルバニースを予定してる」

「じゅ、獣人の国でやるんですか?」

「さっき、少し調べたんだけどあそこは人間の冒険者にも人気らしいよ。中には難攻不落と言われているダンジョンもあるとか……」

「まさかそのダンジョンで宿を?」

「それでこその冒険者の宿だよ」


 さすがにミルカも少し怖気づいた。確かに無茶だけど、そこまでやらないと獣王は認めてくれない気がする。

 フィムの前に、まずこの宿屋そのものを認めさせたかった。


                * * *


「本当にオラ達をバルバニースに転移させられるのか?」

「はい。場所は把握したのでいけます」


 翌朝、ゴロウさん達をバルバニースに帰す事にした。手ぶらで帰って大丈夫かなと思ったけど、この人達なりに獣王に説明するらしい。

 昨日まで怖がっていたのに、今はきちんと掛け合ってくれるようになった。


「この宿、よかったべ。それにアリエッタ、最初に会った時も思ったがおめぇクソ強いな」

「そうでしょうか」

「おめぇと獣王様が戦うところを見たいべ。人間で唯一、獣王様に勝ったのも魔術師だったからなぁ」

「それはもしやヴァンフレムという人では?」

「おぉ、それ! よく知ってるな!」


 実の兄ですという情報は控えておいた。理由もなく戦いたくないし、勝てる保証なんてない。


「じゃあ、達者でな!」

「はい、皆様もお元気で。いつかお伺いしたいと思います」


 ゴロウさん達を無事、転移させた。いつかなんて悠長な事は言ってられないか。

 フォムの件を考えるなら、なるべく早いほうがいい。まずは拡張工事を終わらせないと。

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