第84話 転移転移転移で宿屋大改装!

 日々、宿の改装に明け暮れる。ゴロウさんみたいな体が大きいお客様用として、スリンプス商会にキングサイズのベッドを発注した。

 それに伴って部屋も改装、更に大浴場も拡張しつつ浴槽の数も増やした。熱い湯、ぬるい湯、少し冷たい湯とバリエーションに富んでいる。

 それとサウナ、これが地味に問題だった。翡翠亭は質がいい炎魔石で温めているらしいんだけど、買うとなれば超がつくほど高い。

 キングサイズのベッドより高かったから、自前調達してきた。


「つ、次は炎魔石……。これ、獲りにいくのか。私……」


 火山の火口付近でしか獲れない炎魔石は純度が高くて高級品だけど当然、難易度もすこぶる高い。

 更に特級に指定されている火竜が陣取っているから、長らく誰も手に入れられてなかった。

 火竜は無理に倒さずに大人しく炎魔石だけ持ち帰ったけど、鱗や牙がとてつもない価格で取引されていると知って心が揺らぐ。


「まぁ、やたらと殺すのもね。お肉は固すぎて食べられないみたいだし、宿的な需要はない」

「でも素材を売ればすごい資金源になったのでは?」

「なったと思う。でもそれをやると歯止めが効かなくなって、もはや冒険者だよ。狩るなら、せいぜい食用や資材用として必要な時に狩る。ていうか狩れる前提で話が進んでるよね」

「アリエッタ様なら狩れるのでは?」

「過信したくはないなぁ」


 ここ最近は転移、転移、転移でさすがに疲れた。本当に疲れた。魔力酔いになりかけたもの。

 たっぷりと食事と睡眠を取りながらも日夜、作業を進めた。それと並行して、キゼルス渓谷での宿営業期限を周知させておく。

 移転した時に訪れるお客様が知らなかったなんて事態になりかねない。キゼルス渓谷の入口に看板を立てて、王都や周辺の街にもビラを貼っておいた。

 進撃隊やさすらいの大狼の人達と出会って事情を話すと――


「ではバルバニースに行けばいいのだな?」

「アハハ……もし立ち寄られた際にはまたよろしくお願いします」

「本気だぞ?」

「進撃隊ほどのパーティがわざわざ来てくれるんですか?」

「冒険者達にも徹底して告知しておく。ビラ、まだあるか?」


 遠慮したけど半ばビラを強引に奪っていった。手伝ってくれる分にはいいけどさ。


                * * *


 告知を終えて、宿の改装作業もほぼ終わった。久しぶりに広くなった大浴場の温泉にゆったりと浸かる。

 うん、翡翠亭もすごかったけどうちも負けてない。この我が家の安心感がたまらなかった。


「アリエッタ様。お背中を流します」

「私も流してあげるよ」

「恐れ多いです!」


 ミルカも入ってきて、二人で並ぶ。珍しく二人で沈黙して、何かを話そうとすればフィムの件が思いついた。


「まさかフィムがお姫様とはね。今はどうしてるの?」

「疲れて寝てます。あれから更に張り切って、見てるこっちが心配になりました」

「そっか。宿の仕事を楽しんでくれてるのかな」

「獣王にもその情熱が伝わってほしいです」

「獣王か……」


 あれから獣王について調べたけど、武勇伝しか出てこない。単体の戦闘能力では世界でも五指に入るという呼び声もあるとか。

 種族問わず強者が大好き、戦いが大好き、お肉大好き。最後のはせめて種族を選んでほしいんだけど、どうだろう。


「アリエッタ様。大仕事になりますね」

「うん。怒らせたら手がつけられず、小国くらいなら滅ぼしちゃうとか聞いたら余計にね」

「私はフィムちゃんにずっといてほしいです。最近、私もマッサージを教えていただきましたし……」

「なぬ!」

「試しますか?」


 ミルカの手つきが怪しい動きをしている。何故か即答できなかった。


「やっぱりもっとうまくなってからにします」

「そ、そう」

「アリエッタ様には最高に気持ちよくなっていただきますからね。フフ……」

「何その笑い」


 楽しみのようでいて、そうでもないような。この得体の知れない感覚の正体がわからなかった。


                * * *


「ここが噂の冒険者の宿か。さて、この宿ソムリエたるレグリーじじいを満足させられるかな?」

「いらっしゃいませ、王様」


 すごいみすぼらしい恰好をして変装してるけど、何一つ誤魔化せてない。

 護衛のシェイルさんは素だし、手を繋いでいる相手は末の王女様だ。そっぽを向いてツーンってしてる。


「お、王様じゃと!? このワシをあのような聡明かつ知的、頭から爪先に至るまで造形の隙すらないお方と一緒にするでない!」

「そういう自己評価だったんですか」

「まったく失礼な小娘じゃ! そんな有様で、このレグリーじじいの宿眼に敵うのかな?」

「宿眼って何ですか」


「冒険者の宿、ですか」


 シェイルさんがメガネを光らせて、王女様がつまらなそうに鼻を鳴らす。

 ガーディアン隊の隊長と一国の王女様を連れている宿ソムリエなんて実在しない。断言できる。


「ハッ! お、お前達! 変装はどうした!」

「ご安心下さい、変装しています。何せ今日のメガネは丸みを帯びていますから」

「こんな宿にそんなもの必要ありませんわ、お父上」


 道中で気づいてほしかった。お父上って言っちゃったから、もう誤魔化しタイムは終わりか。お忍びか何か知らないけど、王様って割と自由なのかな。


「困った弟子達じゃ……」


 まだ通す気でいた。まさにこっちのセリフだ。

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