第72話 ついにこの時がきてしまった

「どう、ミルカ! お魚、たくさん届いたでしょ!」

「あの、アリエッタ様。来客です」


 宿にお客様が来るのは当然だし今更、何を畏まっているのかな。

 お魚は後にして、お客様を暖かく迎えよう。いつも通り、入口に向かって挨拶をしかけて止まった。

 銀光の鎧と兜が際立つ騎士達が立っていたのだ。胸には天を支える巨人を表すエンブレム、アトラス騎士団の証がある。


「突然の訪問をお許し下さい。私はアトラス騎士団の騎士団長ヴェイスという者です」

「はい、初めまして」


 彫りの深い顔立ちをした中年の騎士団長は驚くほど礼儀正しい。いつかの部隊長とは大違いだ。

 他の騎士達も直立不動で、騎士団長にすべてを託している。


「こちらの宿の事は伺っております。ルシフォル家の当主とは個人的に懇意にしており……おっと、話が逸れるところでした。ご令嬢のアリエッタ様ですね。本日は王文を届けに参りました」

「お、王文!? 何かの間違いでは!」

「いえ、こちらに王印も記されております。魔術の施しにより、偽造不可なのはアリエッタ様もご存知でしょう」

「本物、だぁ」


 私が何をしたのか。なんでこの人が直々に来ているのか。すべてがわからない。

 いや、心当たりがあるとすればそれこそいつかの部隊長絡みかな。病院送りのツケを支払わせに来たわけだ。


「王様が私を招くという解釈でいいのでしょうか」

「はい。この話はすでにルシフォル家当主であるディクトール様にも通っております」

「二人セットですか」

「そうです。日時は記されておりますので後ほどご確認下さい」

「王様、結構怒ってる感じですか?」

「そこまでは……。私は伝令を買って出ただけですので……」


 この人も内容までは知らないのか。だけど騎士団長自らが部隊を動かして伝令なんて変だ。これは何かあるな。少し突っ込むか。


「まさか騎士団の方々がいらっしゃるとは思いませんでした」

「このキゼルス渓谷ですが、我々の調査によれば魔物の数が激減しております。そこで、この場所を新たな街道として整備する計画が上がっているのです。その為に現時点での魔物の生態や個体数、生息域の調査が欠かせません。国民の安全を守るのが我々の役目であれば、騎士団がやらねばいけないでしょう」

「なるほど、さすがですね」

「今回もその調査をメインとしてやってまいりました。今までは通り抜けるのも苦労してましたが、今回はこちらの宿があります」

「ご利用ありがとうございます!」

「ハハハ! 実は我々の間でも度々、話題になっていたのですよ。最強の魔術師が経営する宿屋、楽しみです」

「なんという尾ひれ」


 コキュートス隊とは違って品行方正で礼儀正しいから、ありがたい客だ。

 だけど王様の件は気になる。ルシフォル家は代々、王家と蜜月の関係だ。ヴァンフレムお兄様を筆頭として、誰もが王家や国に多大に貢献している。

 一方、私はなんと宿屋。王様がお父様を呼び出して、お前の娘なにしてんのとなるのも当然だった。


「ヴェイスさん。王様ってどういう人ですか?」

「とても寛大で素晴らしい人格の持ち主です」


 そりゃ悪口は言わないか。愚問すぎた。そもそも問題はそこじゃない。


「ヴェイスさん。もし王家に仕えている名家の子どもが、王家にそっぽ向いて関係ない事をしていたら王様はどう思いますか?」

「難しい質問ですね。私ごときが陛下の代弁など務まるはずもありません。ただ一つ、確実に言えるのは陛下以上にこの国の事を考えている方などいないでしょう。その観点で見るならば、さぞかし気を揉む事でしょうね」

「気を揉んだ王様はどう行動すると思いますか?」

「場合によるでしょう。最悪の事態を想定すれば、国の為に辛いご決断をなさるはずです」

「それは処刑とか?」

「……ないとは言い切れません」


 すごい渋い顔をして言われた。そんな思いつめられると、こっちも怖い。

 ヴェイスさんのマントをヒラヒラさせて遊んでいるフィムを転移させて一度、落ち着こう。

 冷静に考えて私は何も悪い事をしていない。相手が王様だろうと、その主張は変わらないんだ。これが国家反逆罪とかになるなら、この国を逃げ出す覚悟もいる。よし、これでいい。

 と、決意したところでドアが勢いよく開け放たれる。


「やっほい! アリエッタ! システィアおねーちゃんが来たぞぉ!」

「いらっしゃい、お姉様。でも今は騎士団の方々がお見えになってるから、そのテンションは控えてね」

「ヴェイスさんじゃーん! お久しぶりー!」


 なんか普通に握手してる。このテンションにも動じないって事は既知か。

 いや、そもそもお姉様は鑑定士としてすでに王族相手に活躍している。私なんかが心配する事じゃなかった。


「システィア様もお元気そうで何よりです」

「そうだねぇ! 一家惨殺事件があった屋敷でお仕事した時はちょっといやーな気分になったけどねぇ!」


「その情報いる?」


 お姉様のダークジョークにも笑っているヴェイスさん。考えてみたら私以外の家族は全員、国の偉い人と関わりを持っている。

 曲がりなりにもルシフォル家の娘として、やっぱり私も向き合うべきだ。


「あ! それ王文じゃん! アリエッタついにやっちゃった?」

「やっちゃったね。腹をくくるよ」

「おねーちゃんがついててあげるから、ふぁいおー!」

「え? そんな姉同伴とかいいの?」

「いいのいいの! たっぷり恩を売ってるからー!」


 思わぬ助っ人が来てくれた。ただ気になるのは、お姉様は王様の前でもこのテンションなんだろうか。そこはあらゆる意味で気になった。

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