第71話 海での狩りも何とかなります

 レグリア西海岸。港から離れたこの場所に人の気配はない。岩礁や崖が目立つ上に、近くに村や街もないから寂しい雰囲気だ。

 水平線を見渡しながら、私は一大決心をした。今日は転移魔術を駆使して、海に潜るのだ。理論上は水圧も弾ける。後は空気だけど、これも供給できる。残る問題は落下し続ける点だった。


「せーのぉ! 転移っ!」


 思い切って海中の浅い場所に転移した。

 転移層で私の周囲には空気の層が出来ている。つまり水圧は私にとって危険だから弾いている状態だけど、普通に底に足がついた。

 うん、水の抵抗がないから普通に落ちる。でもこのまま歩き続ければ、海中散歩が出来ると判明した。酸素の供給も問題ない。

 手始めにランサーウオの捕獲だ。海中を進んで、ランサーウオの生息海域に辿り着いた。


「さっそく来た」


 槍みたいに鋭利な頭だからランサーウオだ。小型船なら沈められるほどの威力だから、常に討伐してほしい魔物らしい。

 それでいて栄養価も高くておいしいんだから、宿の食材としてうってつけだ。

 私に向かってきたランサーウオの頭をそれぞれ転移破壊してから、すかさず宿内の保冷庫に転移させた。

 試しに数匹程度でよかったんだけど、思ったより大量に襲ってくる。


「厨房にいるミルカがすぐ捌いてくれるし、まさに産地直送! 転移転移転移ぃ!」


 そろそろ保冷庫が満杯になったはず。早く味見したいから帰ろうと思ったところで、頭の上を何かが泳いだ。


「セイバーシャーク! 二級の大物!」


 船底を切り裂き、時には甲板に向かって飛びかかってくる凶悪な魔物だ。ヒレが高級食材にも関わらず、討伐推奨の意味としては単純に手強いからみたい。

 翡翠亭はこんなもんの食材をガンガン仕入れられるわけだ。資産力も流通ルートも、うちとは何もかも違う。

 これも転移破壊でヒレをいただく。


「よしよし、スープとして提供できる。こんな簡単に高級食材を手に入れて、なんだか申し訳ないなぁ」


 夢中になってると、だいぶ深いところまで進んでしまった。海面を照らす光が届かない場所はさすがにまずい。

 そこへ一隻の大型船の船底が見えた。あれは何の船かな。


「え、なにあれ……」


 その船底にとてつもなく大きな蛇みたいなものが近づいている。海に蛇とは、と考えたところで正体がわかった。

 あれは蛇じゃなくてイカかタコの足だ。すぐに何本も伸びてきて、上にある船を狙っていた。


「まずい! こらぁー!」


 イカかタコか知らない足を破壊して船を守ってから、急いで危険を知らせる事にした。

 甲板に転移すると当然、すごい驚かれる。


「うおぁ! な、な、なんだ!」

「驚かせてすみません! 海中から巨大なイカかタコみたいなのが襲ってきてます!」

「はぁ!?」


 混乱させてしまってるから、状況を飲み込めてない。いきなり私が現れてこんな事を言っても通じるわけなかった。

 だけど船長らしきおじさんがすぐに舵を切る。あれ、この人達の制服についてるシンボルはまさかミドガルズ?


「帝王イカだったらお終いだ! 急いで港まで逃げるぞ!」

「帝王イカ?」

「特級の巨大イカの化け物だ! こいつのせいで度々、海路を迂回しなきゃいけねえんだ!」

「なるほど。それはまずいですね。では討伐しましょう」


 役目じゃないけど、放っておけない。海中に転移して、帝王イカと対決する事にした。

 ところが大きすぎる足が何本もうねりをあげているものの、本体が見えない。これ以上、深い場所だと暗くて何も確認できないはず。

 更にはこの質量とくれば、どこを転移破壊すればいいのかと。いや、見えない場所にいるなら移動させればいい。この大きさ相手は初めてだけど、やってみよう。


「帝王イカ! 大空へ転移ッ!」


 私と帝王イカが船の遥か上に転移する。遠くに見えるレグリア西海岸と、いくつかの島。絶景だった。

 そしてこの帝王イカのサイズ、下手したらルシフォル家の屋敷より大きいんじゃないのかな。ギョロリと丸い目が私を睨んだ。

 こんなものが海に落ちたら、レグリア西海岸まで津波が押し寄せる。

 落下し始めたところでまた空中に転移しつつ、位置修正だ。


「と、見とれている暇もないわけで……超連転移ッ! 転移転移転移転移ァァァァ!」


 小さな魔導具ボールじゃ一回くらい転移破壊したところで意味がない。その証拠に大きな足が元気に私を狙う。この足一つであの中型船なんか一撃で沈む。


「もーー! 面倒! 千切れた足も転移に使わせてもらうよ!」


 魔導具ボールに加えて、魔物の体も使わせてもらった。高速で巨大イカの体が蜂の巣に空洞を作る。

 落下を防ぎつつ、千切れ飛んだ部分を更に転移破壊に加えて加速。イカの胴体が消失していき、最後に残った体の部分が消えると私も下にある中型船の甲板に転移した。

 かすかに残った体の欠片がパラパラと海に落下して、時間差で水しぶきを上げる。


「ふー……これでいいかな。さすがにあのサイズでこの場所となると、瞬殺ってわけにもいかないよねぇ」


「……瞬殺、だよな?」


 隊員の誰かが呟く。今からこの人達に説明しなきゃいけないのかな。面倒だからここは退散しよう。名乗るほどでもないってね。さようなら。

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