第76話 鋼鉄の女

 ギャラリーがすごい。王様だけじゃなくて王子様やお姫様が出てきた。

 弟の影に隠れているのは末のお姫様かな。私より年下で幼い顔立ちをしている。

 五大貴族の他に城内にいる魔術師達も勢ぞろいだ。大臣や高官、果てには使用人すらいた。お仕事は?


「なんでこんな事になってるんだ?」

「ルシフォル家の娘が陛下にふざけた態度を取って怒りを買ったらしい。しかも相手はあのガーディアン隊だ」

「娘? ははぁ、ついにシスティアちゃんがやっちゃったか」

「いや、気持ちはわかるがあれはシスティアちゃんじゃないぞ。シェイル殿が戦うのか?」

「術戦を見るのも久しぶりですな」

 

 ギャラリーの誰かが言ってる術戦というのは、魔術師同士の決闘の事だ。

 それを行う術戦専用の術闘場はいわば大型のコロシアムで、 魔術師同士が戦う場所になってる。

 観客席も用意されていて、魔術でも破壊が難しい合金で守られているから安心。ただし絶対じゃない。

 ミドガルズへの入隊試験や隊内で揉め事が起こったり、お互いの力試しの場として使われていると丁寧に説明してくれた。


「アリエッタさん。あなたは偉大なる陛下に対して度々侮蔑とも取れる発言をしました。到底、許される事ではありません」

「至らずにご不快になられたのであれば謝ります」

「ましてや、我が国の王族をも脅かす主旨の発言もされましたね。国防の一端を担う立場として看過できません。陛下がわざわざこのような場でチャンスを与えて下さった事に感謝して下さい」

「はい」


 ミドガルズ、ガーディアン隊の部隊長シェイルさん。鋼鉄の女なんて呼ばれていて、国内でも五指に入る魔術師か。

 それでこの人と決闘をするわけだけど、普通の方法じゃない。


「そのシェイルの守りをかいくぐってみよ」


 王様と仮定したガーディアン隊の一人をシェイルさんが守る。私がそれを突破すればいい。

 つまりこれはガーディアン隊の鉄壁を今一度、周知させるためのパフォーマンスなんだろうな。


「そちらの方に攻撃してもいいという事ですか?」

「はい。あなたはよほどの自信があるようですが、私に勝利するのは不可能と宣言します」

「それなら安心ですね。はい、転移」

「あっ……!」


 護衛対象のガーディアン隊の人を私の元へ転移させて終わった。当の本人からしたら、いきなり目の前に私が現れたような感覚だと思う。


「こ、こんちわ……」

「こんにちは」


 場が静まり返りすぎてる。さすが鋼鉄の女と呼ばれているシェイルさん、表情がまったく動かない。

 メガネを指で上げて、ずいぶんと冷静な仕草だ。


「……まだ始めてませんが?」

「あ、すみません」

「では今度こそ始めましょう。あなたはよほどの自信があるようですが、私に勝利するのは不可能と宣言します」

「なんかデジャブを感じる」


 スタートの合図がないからわからなかった。でも私、攻撃していいか聞いたような?


「……水金展開」


 スタートと同時にシェイルさんから灰色の液体が周囲に放たれる。護衛対象が液体に包まれて、遠くまで流されてしまった。

 この一連の流れは数秒とかかってない。灰色の液体のプールみたいになった場で、シェイルさんの足元が盛り上がる。

 固まった灰色の液体が、高い足場になって私を見下ろした。


「見えなくなってしまえば、あなたの転移は無意味です」

「すごい魔術ですね。この液体は金属。固まったり柔らかくなりますし、シェイルさんが意図して操れるわけですか」

「なっ……!」

「一度、固まってしまえば大型の魔物すらも身動きが取れなくなります。この範囲で攻防一体とはさすがガーディアン隊の隊長……」


 液体金属を生成する魔術式と考えれば、これ以外の性質を持たせる事も出来そう。

 敵を拘束しつつ自分は自由に動けるし、目鼻を塞いで窒息死させられる。えげつないし、柔軟性が高い魔術だ。


「見破ったところでこの状況はどうしようもありません。負けを認める事をお勧めします」

「見つけました。転移」


 このコロシアム内で、そう遠くに行くはずない。魔力感知して見つけてから、こっちに転移させた。

 またきょとんとして私を見つめる護衛対象の人。


「こ、こんちわ……」

「こんにちは」


 頭をかいて、なんか恐縮された。シェイルさんがメガネを指で何度か上げ直している。


「まだ始めてませんが?」

「いやいやいや、始めましたよ。先にあなたが魔術を使いましたよ」

「始めてません」

「あちらの方々に聞いてみます? 全員、見てるはずです」

「始めて……ませんっ……ひぐっ……!」


 鋼鉄の女が泣き始めた。まさかただの負けず嫌いでは。敬愛する王様の前だけど、いいのかな。

 ギャラリーの方々もこれにはさぞかし驚いているはず。


「あのシェイル殿が泣いている?」

「学院時代は成績で誰かに負けるたびに泣いてたという逸話がある」

「あの鋼鉄の女と呼ばれた方が……」

「負けず嫌いかつ頑固で自分を曲げない。だから鋼鉄の女なのさ」


 学生時代の逸話までバラされて、さすがに気の毒になる。ついに鼻水まで出して泣きじゃくり始めてしまった。


「負けて、ないもん……」

「……もうよい、シェイル。そなたの負けだ」


 王様直々の審判が下ってしまった。その途端、液体金属が消えてシェイルさんが座り込んでしまう。

 シクシクと泣いている彼女を私はどうしたらいいんだろう。


「は、はい……。でも、負けてにゃい……」

「シェイル隊長、我々の負けです」


 続いて部下にダメ押しされたシェイル隊長。エバインといいこの人といい、この国の軍隊には疲れる人が多い。でもお兄様がこの人達の頂点と考えたら、毒を以て毒を制すといった感じかも。


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