第47話 魔術真解

 氷の全身鎧を着込んだ二足歩行の白い獣。熊のような狼のようなそれは紛れもなくエバインだ。

 鎧の隙間や口から漏れ出る白い冷気が、周囲の草木を確実に凍てつかせている。


「魔術真解……。己の魔術式の本質に気づいて真の解を出した魔術師の到達点だ。それは容易に人を超える」

「ミドガルズの隊長格になる条件が魔術真解……。優れた魔術師であっても、誰にでも成せるものではない。だがエバイン隊長は成した」


 そのくらい私にもわかる。説明しながらも部下はかなり距離を置いている。近くにいると巻き込まれるからだと思う。

 それにしてもあの犬みたいな熊みたいな獣面が本質なのかな。


「かつて大陸を永久凍土に堕とした伝説の魔獣フェンリル……。これの本質に私の魔術式が近いのだろう。まったく光栄な事だ。クックックッ!」

「すごいですね……」

「貴様の魔術真解を見せろ。これこそが魔術師の優劣を決めるといっても過言ではないのだからな」

「出来ません」

「なに?」

「私はそこに到達していません。納得がいかなくて何度も繰り返して、未だ答えを出せないんです」


 馬鹿にされるだろうけど事実だ。今の私に本当の答えは出せない。未だ転移魔術というものの本質を見極められないから。

 というより答えがいくつも見えて、分岐点の前で足踏みしているといったほうが正しいかもしれない。


「ハハッ……フッフッフッ! 話にならん! ではお前は私よりも格下というわけだ! いいか、これは単なる私の主観ではない! 魔術真解を成した者に成せてない者が勝った例など、長い歴史の中で存在しないのだ!」

「そうなんですか。それは知りませんでした」

「その余裕が無知である証拠だな。今の私は魔術の本質そのもの……。とはいえ、念のために聞いておこう。今、ここで降伏すれば見逃してやらんでもない」

「いいえ、結構です」


 フッと笑った後、エバインから冷気が放たれた。マーセルの魔術式よりも広範囲かつ高威力、カウローの魔術式よりも確実に生物を殺せる。

 エバインは一つの世界を築き上げた。白銀の大地と化した一帯。部下達も一歩、逃げ遅れていたら巻き込まれていたはずだ。魔術か何かでだいぶ遠くまで逃げていた。


「これでも結界は破れんか。仕方ない……ならば次の手だ」

「あの、一ついいですか?」

「この期に及んで命乞いか?」

「さすがにこれ以上、暴れられるとキゼルス渓谷そのものに影響が出ると思うのです。だから私からも攻撃します」

「断る必要があるのか? どのみち、何もできまい。どうする? 転移で私の死角を取るか?」

「いいえ。こう見えて私、かなり怒ってますからすごく痛い目にあってもらいます」


 魔導具ボールを片手で何度かお手玉をして見せる。訝しがるエバインは私がこれから何をするのか見届けるつもりだ。

 甘く見てる証拠だし、それならそれで都合がいい。


「もう一度だけ聞きますけど、痛くて怪我しても公務執行妨害はなしですよ」

「私に手傷を負わせられると? 面白い! この氷の鎧はいかなる攻撃も」


 転移させたボールがその氷の鎧を砕いて、エバインを跳ね飛ばす。


「グハッ……!」


 後ろに飛ばされたところでまたそこへボールを転移。今度は背中の鎧を砕いて、前方へ弾く。


「グアァッ!」


 転移、衝突、転移、衝突。立て続けにはね飛ばされたエバインが血を吐く。

 転移するボールに遊ばれるかのようにエバインの体はその場で揺れ続けた。


「ア、ア……」

「……さすがにやりすぎたかも」


 前にダルドー達にやった転移衝突よりも威力は上だ。しかもこれは相手の硬さに依存しない。

 あくまで転移の法則だから、そういう物理的なものは無視できる。わかりやすく言うなら防御無視、かな。

 そんなこんなで、いくら魔術真解で強くなろうともエバインは激痛で気絶する。転移衝突をやめた後、ぐらりと倒れた。


「ゴ、ゴフォッ……」

「わっ、ち、血を吐いちゃった! やりすぎた! ミルカ! 手当てを!」

「えええぇ! そ、それに近づくんですか!?」

「気絶して無力化してるから大丈夫! 私が守るから!」


 血を吐いて倒れてるエバインが少しずつ人間の姿に戻っていく。白目をむいてかなり危ない状況だ。これで死んだら、私が殺人の罪に問われる。しかも相手は軍人だ。


「部下の方々も手伝って下さい!」

「へ?」

「へ、じゃなくて!」

「あー、あぁ?」


 ミルカの呼びかけで遠くからとぼとぼと歩いてくる部下達。何が起こったのかまったく理解できてない様子だ。

 応急処置を済ませたところでミルカが改めて、私に重大な真実を告げた。


「これは王都の治療院へ連れていったほうがよさそうです」

「そ、それは仕方ないけどさ。あーもう……」


 何のお咎めもなしで済むわけがない。仕方がないので冒険者達に一度、ことわっておこう。


「というわけで王都の治療院へ行ってきます。すぐ帰れるかわかりませんが、何かあればミルカに伝えて下さい」


 誰一人、返事をしなかった。金色の荒鷲や進撃隊すら棒立ちだ。部下の人達と同じく思考が追いついてないのかな。


「なんで宿屋やってんの?」


 かろうじて問いかけてきたのはウォルースさんだった。

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