第48話 長女マルセナ

「アリエッタ、ちゃんと説明しなさい」

「だからぁ! エバインさんが私の宿屋で他のお客様を押しのけて部屋を譲れとか言い出して断ったら実力行使しようとしてきたの! それで王都に転移させて追い出したら、また戻ってきて公務執行妨害とかいって攻撃してきた!」

「ちゃんと説明しなさい」


 マルセナお姉様も思考停止しているのかな。王都治療院にエバインを入院させたのはよかったけど、ミドガルズの隊長格が無残な姿だもの。

 今や私は治療院の最高権力者の部屋にて軟禁されてる。お姉様は私が妹だからといって一切、贔屓はしない。


「あなたがあの伝説の魔獣バンダルシアをやっつけたのはお父様から聞いたわ。だとしたらエバインが国内でも有数の実力者とはいえ、あなたが勝っても不思議じゃない。そこは信じるわ」

「じゃあ、何をどうしたらいいのさ」

「説明してほしいのは、何故その選択をしたかって事よ」

「言葉が足りなすぎる」


 マルセナお姉様はソファーに腰を沈めながらも、私の目を見つめたままだ。この人情がなさそうで冷たい目つきは初見の人なら絶対に誤解する。

 相手が誰であろうと自分を曲げずに突き放す。患者さんの中でも嫌ってる人はいると思う。事実、石化した人を連れてきた時も別の人に冷たい対応をしていた。


「あなたの力なら、いくらでも解決策はあった。自分でも気づいてるでしょ」

「私は宿屋。お客様を暖かく迎えるだけだよ。暴漢が襲ってくるなら迎え撃つし、逃げるなら追わない」

「あくまで宿屋として徹したいわけ?」

「また向かってくるなら何度でも追い返す。反省してお客様になるなら歓迎するよ」


 マルセナお姉様が、呆れたのか感心したのかわからないため息を吐く。

 お姉様がいう解決方法というのはきっとものすごく面倒だ。時間もかかるし、いらないところにまで介入しなきゃいけない。

 だけど、私にはそんな暇も義理もないんだ。あくまで宿屋だから。


「私はただ宿屋をやりたいだけだよ。ミドガルズの隊長格に目をつけられた挙句、魔術真解までやられた。私が頑張ったから被害はなかったけどさ。あの人達、他でもあんな調子なの?」

「コキュートス隊は実績が多い部隊だけど、礼を欠いた言動でも知られている。でもあなたのケースでいえば、あなたじゃなかったら間違いなく譲って言いなりになるわ」

「他の人達は言いなりかぁ。仕方ないけどさ」

「国の為になるなら、なんて力がないならそう思い込む。そんな人々に、コキュートス隊は逆に甘やかされたのよ。だから私はあなたを賞賛する」

「え?」


 マルセナお姉様が微笑んでいた。こんな表情は初めて見たかもしれない。いつもぴくりとも動かない鉄の表情というイメージだった。

 昔、研究がうまくいかなくて食事の席でマルセナお姉様に相談した事がある。その時もお姉様は優しい言葉の一つもなく、こう言ったっけ。


「自分で決めたなら、投げ出すのも自分で決めなさい」

「あ……それって」

「いつかあなたに言った言葉よ。投げ出すのも貫き通すのも自分の意思。どちらに転ぼうと、真っすぐ立っているならいいの。それが一番素敵よ」

「エバインをボコボコにしても?」

「私だってたまにはスカッとしたいわ」


 そういう事か。難しい話じゃなかった。マルセナお姉様も、あの人達はよく思っていなかっただけだ。

 私が迷いなく実行しても尚、迷っていないから褒めてくれたのか。


「だけど、お姉様の立場でそれを言う?」

「治療院のトップとしては問題ね。でも懸命に治療しているし、やる事はやってる」

「私の宿と同じだね」

「義務さえ果たせば、あとは自由よ」


 あのマルセナお姉様とこうして笑い合ってるのが信じられない。すごく冷たくて厳しい人だけど、優しさがないわけじゃない。

 ただ他人に媚びる気がほとんどなくて誤解されやすい人だ。私のお姉様のはずなのに、何もわかってなかった。

 一安心したところで、廊下を慌ただしく走ってくる音が聴こえる。そしてドアが乱暴に開けられた。


「責任者! あんな治療では話にならん! 私を誰だと……」

「お元気そうで何よりです」


 包帯だらけのエバインが元気そうだから、ついそう言ってしまった。だって、まさか来るなんて思わないもの。

 追ってきた治癒師の人達がエバインを引き戻そうとしていた。


「エバイン様! ベッドにお戻り下さい! 魔術での治療も行ってますが、すぐには完治しません!」

「そこの責任者の命活術があるだろうが! 私に施さなくて誰に施す! いや、それよりそこのぉ!」

「あ、はい」

「貴様……やってくれたな! この私がチャンスを与えたばかりに!」


 余裕丸出しで攻撃してみろみたいな雰囲気だったのに。


「まさかあの程度で勝った気でいるわけではないだろうな!」

「いえ、そんな事は」


「エバイン様に勝った……?」


 事情を知らない治癒師達が訝しがる。何せミドガルズの部隊長だ。お姉様が話した通り、国民からすれば英雄的な存在が私を指していきり立っている。

 それだけで異常事態なのは明白だった。


「あ、いや! そうではない!」

「せっかく訓練中の事故って事にしてあげたのにね」


 慌てて取り繕うエバインにマルセナお姉様の優しさ。まさか私がボコボコにしたとは言い出せなかったところで、お姉様がやってきて耳打ちしてきた。

 ややこしくなるから今は適当に合わせろってさ。かなり頑張って、無理がある口裏合わせをしたのに台無しだ。

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