第22話 百錬のシャーロット

「少しいいかな?」


 冒険者の皆が部屋に戻って寝静まった後、金色の荒鷲のシャーロットさんが声をかけてきた。

 キゼルス渓谷はこの人達ほどのパーティが来る場所じゃない。元々、これが目的だったんだろうな。


「ライトポーションを買わせてほしい。その代わり……というわけじゃないけど、あなたの事を聞かせてくれる?」

「答えられる範囲ならいいですよ」


 シャーロットさんが席に座る。私も対面して座ると、すごく凝視してきた。

 ここまで正面から見られると、さすがに恥ずかしい。


「うちの魔術師が言ってたけど、この宿は結界で守られているよね。それも高度なんて言葉じゃ片付かないレベルのものだよ」

「私もそれなりに努力したので……」

「皆がいるうちは仲間も深く追求しなかったけど、気になってた。あなたの生まれについて聞いてもいい?」

「なんだか恥ずかしいですね。いいですよ」


 私がルシフォル家の末の妹である事も明かした。隠していたわけじゃないけど、あえて言う必要もないと思ってた。

 魔術師の名家として知らない人はいないし、これで納得してくれるかな。


「ルシフォル家……なるほど。噂には聞いていたけど、そこまでだなんて」

「まぁそれなりに苦労はしてますけどね……」

「魔術師は多才な人も少なくない。魔術式なんて複雑なものを理解してるものだから、大概の事は出来ちゃうんだよね。私が生まれた国ではね。魔力や魔術式がない人間は下の身分に落とされていたの。それ自体は仕方ないと思う。優劣があれば必然だよ」

「それは……そうかもしれませんね」

「だけど感情は別だね。正直に言うと魔術師が嫌いだった。知ってる連中は傲慢で力を振りかざしてるし、人格が破綻してる。でも、そんな魔術師達の中でも上下はあった。それを知ってからというもの、しょうもない連中に思えてきてね」


 シャーロットさんが自分のバッグからポーションを取り出す。相変わらず鮮やかで質が高そうだ。

 栓を取って私に差し出してきた。一口だけ飲むと、脳天に何かが直撃する感覚を覚える。鼻腔から喉に至るまで、すべてが緩みそうになるくらいおいしい。

 ハッキリ言ってシャーロットさんが私達のポーションに対して悔しがる理由がない。どう考えても次元が違う。


「お、お、おいしいいい!」

「魔術師に失望してからは国を出て、ヘラおばあちゃんに弟子入りした。才能を認められて気がつけば百錬だなんて呼ばれてた」

「これも立派な魔術ですよ!」

「ありがと。おばあちゃんにもそう励まされた。世界を知れば、自分の劣等感なんていかに小さいかわかる。しかも、あなたがより決定打となってくれたからね」

「私が?」


 シャーロットさんはまた私を見つめてくる。そして手で私の頬をさすった。

 害意や威力がないから、これは転移層で弾けない。


「あの国で偉そうにしてる魔術師だって、あなたからすれば児戯だよ。もちろん魔術以外の才能としてもね。何せあのライトポーションを作り上げたんだもの」

「あれはシャーロットさんのおかげでもあるんですよ」

「もういろいろぶっ飛びすぎた娘が現れたものだからさ。最初は戸惑ったけどそのうち笑えてきちゃってね。こんな子どもがねぇ……」

「シャーロットさんとそう歳も変わらないような?」

「どうかな。あのメイドの子はあなたのメイド?」

「ミルカですか? そうです。前にも言いましたが、ライトポーションはあの子のおかげで完成したようなものですよ」

「だよね……」


 アルケミストに向いてるとしたら、むしろミルカのほうだ。

 私だって何でも出来るわけじゃないと、あの子のおかげで再認識できた。シャーロットさんが言わんとしてる事も、その辺りかな。


「あなた達という存在が現れてくれてよかった。仲間もあなたに礼を言いたがってたよ。一級冒険者だなんて持て囃されて有頂天にならないで済んだって。

そうやって堕落していった冒険者パーティもあるからね。上がいてくれて助かる事もあるんだよ」

「それはなんとも恐縮です。ただ私はあなた達よりも上だと思った事はないです。冒険者の方々は尊敬してますからね」

「あなたを助けた冒険者……そして謎の女性か。そうだよね……この宿を通してよくわかった。冒険者が好きじゃないと、ここまで出来ないもん」


 誰それより強いだとか、そんなのはどうでもいい。こういう商売をやるからには力が必要だとお父様が教えてくれたおかげで鍛えただけだ。

 やりたい事を実現できていれば、劣等感を抱くこともあまりないんじゃないかなと思う。

 私なんかがシャーロットさん達の助けになったなら、本当に恐縮極まりない。


「お互いの出来る事、出来ない事を理解していればそれこそが真の絆だと思います」

「ミルカちゃんとの事?」

「そうですね。あの子はどう思ってるのか知りませんが、少なくとも私はそう思います」

「私達も無意識のうちにそう支え合ってきたからこそ、今日まで生き残れたはず。本当にありがと、長々と付き合わせてごめんね。それじゃ、おやすみ」


 気恥ずかしそうにしながら、シャーロットさんが部屋に戻っていった。

 悪い人じゃないと見込んだからだけど、終わってみれば私も話すぎたかな。


「うん。どうしたいか、何が出来るかだよ」


 もったいないだとか言われようとも、これは私が選んだ道だ。椅子の乱れを転移で正してから、私も部屋に戻った。

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