第49話 いったん落ち着きまして

「ただいま」

「お帰りなさいませ。皆さん、お待ちですよ」

「え、まだいるの?」


 王都の治療院から帰ってきてみれば、まだ冒険者達は滞在してるみたい。連泊になれば、もちろん追加料金をもらうところだ。宿に入ると見事に勢揃いして座ってた。


「皆さん、どうされたのですか?」

「どうされたのですか、じゃなくてな。まだ何も終わってないだろう」

「エバインさんは一命をとりとめたどころか、元気でしたよ」

「あのなぁ……。そのエバインの部下達はあれからダッシュで王都に向かった。近いうちにでも、国にこの件が報告されるだろうな」


 なるほど、撃退してさようならで終わるわけがないか。でもマルセナお姉様に話した通り、宿のスタンスは変わらない。

 暴漢が来ようが魔物が来ようが国の正規軍が来ようが、手を出すなら相手になる。もちろん最悪の場合、国を追われる事になりかねない。そうなったら――


「お、おい。怖い顔するなよ」

「え、あぁ……すみません」


 私の実力を見たいと言ってたレクソンさんですら、今は萎縮しているように見える。

 お客様を不安にさせるようじゃダメだ。せっかく守ったんだから安心させてあげられるようにしたい。

 気を取り直していると、ウォルースさんが杖を回してから床に立てた。


「魔術式を極めるのに十年……。あのエバインは笑ったが、それはモノによる。歴史上、一人しか刻まれていない魔術式。誰にも刻まれていない魔術式、刻まれたものの誰も扱いきれなかった魔術式。これらを総称して未来魔術とかいうらしい。完全に俺の勘ですまんが、君の魔術式はおそらくコレだろ」

「調べた限りでは誰にも刻まれてませんでした」

「だろうな……。君は間違いなく歴史に名を残すぞ。何せ、お国が君の存在を知る機会を与えちまった」


 国の最高機関の一つであるミドガルズの部隊長を治療院送りにした魔術師がいる。マルセナお姉様の誤魔化しも、いつまでも通用しない。

 当然、面倒な事になる覚悟は出来ている。魔術師が、名声が、国が。どれも私にとってどうでもいい。騒ぎたければ騒いでいい。

 私は私だし、大好きなお父様やお母様が認めてくれたんだもの。こんな時こそ胸を張らないでどうするのって感じだ。


「宣伝になるんじゃない?」

「シャーロットさん……」

「未来魔術師アリエッタが経営する冒険者の宿屋なんてね。私としては魔術師という枠組みを超えて活躍してくれたほうが嬉しいよ」

「シャーロットさんにそう言っていただけると励みになります」


「おいおい、ここには俺達もいるんだぜ?」


 冒険者の一人が、任せろみたいに拳で胸を叩いた。私に協力するために残ってくれた人達だ。

 エバインをボコボコにした場面を見せられても、その気持ちは変わってないのかな。


「王都に戻ったら宣伝してやるよ。うまい飯、温泉、マッサージ。しかもここにいるのは最強の魔術師ときた。これが有名にならないわけがない」

「さ、最強って……」

「いやだってお前! お前ぇ!」

「ひっ!?」

「魔術真解なんて生まれて初めて見たし、そいつをぶっ倒すのも初めてだ! もう何がなんだかわかんねぇ!」


 落ち着きを取り戻したと思ってたけど、まだ続いてた。落ち着いてるように見えただけだ。


「もうここは最強ってことにしてさ! 俺達がこの宿を繁盛させてやるよ!」

「あ、ありがたいですが課題は多いですね。部屋数とかいろいろ……」

「俺達を誰だと思ってる?」

「……依頼すればよいのでしょうか?」


 無言の同意だった。なんだかんだで仕事がほしいだけじゃないのかなと思わなくもない。

 これだけの冒険者を雇うだけのお金もないし、気持ちだけ受け取っておこう。


「で、話がだいぶズレたな」

「そうですね。レクソンさんが戻していただけると助かります」

「国がどう出るかだ。お前クラスが相手となればミドガルズ本隊が派遣されるかもな」

「本隊?」

「"滅炎"のヴァンフレム率いるメギド隊だよ」


 レクソンさんがその名を口にした途端、冒険者達が静まって硬直する。中にはそそくさと帰り支度を始める人までいた。


「そ、そろそろ王都に帰らないとな」

「そうそう。討伐の清算を忘れちゃいけないぜ」 

「金色! お前らも帰るだろ!? そうだろ!」


「……と、手の平を返すくらいにはメジャーな連中だよ。まさか知らないわけないよな?」


 その隊長は身内です。ただし、そんな恐ろしい二つ名は初めて聞いた。


「数十年に渡った北の民族紛争をたった一日で収めた……」

「す、すごいですね。さすが本隊……」

「……の隊員一人で」

「一人で!?」


 少数ながらも隊員の一人が部隊長と同等以上の実力を有すると、丁寧に説明してもらった。

 なるほど、いくらエバインが威張ってもこれが現実だ。上には上がいる。奇しくもシャーロットさんの出身国の縮図みたいだった。

 私が選んだ道とはいえ、まさかそんな恐ろしい人達に目をつけられるかもしれないなんて。しかも相手は実の兄が率いる部隊という因果な事になってる。

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