第10話 コカトリスの卵と羽毛

 建築開始から一ヶ月半を迎えて、いよいよ完成が見えてきた。

 が、しかし。ここは気分転換として食材を探しに行こうと思う。ミルカがそろそろ宿屋で出す料理の試作品を作りたいというからだ。

 料理や必要な食材自体は決まっているから、後は私が調達してくればいい。

 というわけでやってきたのはレグリア王国最北端、国境付近にあるベルベッド山脈だ。

 山の上の新鮮な空気を思いっきり息を吸う。雄大な景色は思わず見とれてしまうほど綺麗だった。


「魔物さえいなければいい場所なんだろうなぁ」


 ベルベッド山脈に生息するコカトリスこそが今回のターゲットだ。

 この魔物の卵は栄養価が非常に高くて、市場でも高値で取引されている。

 生息地がこんな厄介な場所なのも含めて、値を跳ね上げている理由の一つが魔物の強さだった。

 ふわふわの黄色の羽毛、ヒヨコみたいな体型に鋭利なくちばし。まん丸い目が愛くるしくて、ぬいぐるみとしても人気が高い。

 そんな魔物が今、私の目の前にいるわけだ。


「ピギャアァアァアアァッ!」

「かわいくても魔物。ちゃんと人を襲う、と」


 容姿からは想像もできない鳴き声に、初見の冒険者は驚くんじゃないかな。

 この魔物が厄介とされているのはくちばしだ。あれには特殊な毒が含まれていて、ついばまれると体が少しずつ石になる。

 個人差はあれど、数時間程度で体が完全に石化してしまう。

 コカトリスが短い脚で地上を疾駆して飛んだ。三級に認定されているだけあって、私なんかの肉眼じゃまず追えない。転移層がなかったらもう死んでる。


「今回は私なりに戦い方を広げにきたんだ。悪いけど練習相手になってもらうよ」

「ピギャピギャドギャス!」

「地味にコカトリスって言った?」


 空耳か。自身をあらゆる場所に転移させてコカトリスを翻弄する。いくら素早かろうが、少なくともこれこそ初見は面食らうはずだ。

 転移層や転移破壊だけじゃなく、常に可能性を模索したい。まずは球で地面を転移破壊して、敵にプレッシャーを与える。

 こうやって警戒させて足場を制限してからの転移破壊!


「ギャッ……」


「……よし」


 今回は対象転移じゃなくて、なんと座標転移だ。つまり下手したら外す可能性もあった。でもこうやって戦えば、座標転移でもきちんと当てられる。

 対象転移がある以上、無駄なやり方に思えるけど何がどこで役に立つかわからない。何でもチャレンジだ。


「はてさて……」


 頭部を失ったコカトリスの前に立って考えた。この羽毛を使った布団を使いたい。

 コカトリスの羽毛が使われている布団は体への負担が一切なく、体中の凝りをほぐす。

 私が集めた情報が正しければ、直接触れても問題ないはずだ。これを採取して布団作りを外注しよう。宿屋と往復すれば重量も問題にならない。

 羽毛集めと並行して、今度は卵狙いだ。コカトリスの巣から卵をご機嫌に採取していると、違和感に気づく。

 誰かに見られている気配がある。


「……あ」


 周囲を見渡すと、巣の奥に石像が立っていた。冒険者が剣を構えたまま、驚愕の表情で固まっている。

 石化させられたのは間違いないけど、どのくらい時間が立っているんだろう。すぐに治療しないと手遅れになる。


「どこから来たのかわからないけど、ひとまず王都の治療院に運ぶね」


 石像と共に王都へ転移した。このレベルの石化となると、マルセナお姉様の領分だと思うけど果たして。


                * * *



 治療院へ石像を持っていくと大慌てだ。あと少し遅れていたら手遅れだったみたい。

 並みの治癒師だと手に負えないみたいで、出てきたのは若干二十六歳にして王都治療院の院長の座についたマルセナお姉様だ。


「あぁ、助かった! 段々意識が薄れていってもうダメだと思っていたんだ……」

「運がよかったわね。私の命活術だって万能じゃないから、次はこうもいかないかもしれないわ」


 マルセナお姉様の命活術は生命力を活性化させて治療する。つまり本人次第でもあるらしいけど、ものの数秒で石化が解かれた。

 大喜びの冒険者とは裏腹に、お姉様は表情を動かさない。


「そっちの子が俺を見つけてくれたんだよな。ありがとう、ありがとう……」

「まぁたまたまなんで……」


「あなた、アリエッタね」


 冷たい表情のまま、マルセナお姉様が私を呼ぶ。長い金髪を躍らせたスタイル抜群の美人だ。

 屋敷にほとんど戻らないし、私も研究棟に籠りっぱなしだからほとんど顔を合わせた事がない。

 幼い頃に一緒に食事なんかはしたけど正直いうと少し苦手だ。昔から冷たそうな人だなと思ってた。きつい目つきがよりそんな印象を加速させる。


「お父様から聞いてるわ。それだけの魔術式がありながら宿屋をやるそうね」

「うん、認めてもらったから……」


「おぉ! 今日はマルセナさんがいた! ちょうどよかった! 朝から熱が出ちまってよぅ!」


 駆け込んできたおじさんが、顔を赤くしてつらそうだ。だけどマルセナお姉様は一瞥しただけで、大して取り合わない。


「ただの風邪よ。数日、安静にして寝ていれば治るわ。薬を処方してあげるから頑張りなさい」

「そんなぁ……。魔術でちょちょいと治るんだろ?」

「風邪もちょちょいと治るわ」


 患者を部下の治癒師に押しつける。いろいろと疑問はあるけど黙っておいた。


「私の命活術は人の役に立つ。それだけにああやってすぐ頼ろうとする人がたくさんいる。

だから私は自分にも他人にも厳しい課題を課しているの。溺れるのは自分だけじゃないもの。あなたはどうかしら?」

「私はお姉様ほど経験豊富じゃないから見えている景色もわからない。だけど、十年もの努力は絶対に無駄にしないよ」

「そう。頑張りなさい」


 聞いておきながら素っ気なく去っていった。ご満足いただける回答じゃなかったかな。

 もともと無粋な質問だ。力をどう使うかなんて、自分がどうしたいかによる。

 言ってしまえばマルセナお姉様の魔術式なら、もっと他で活躍できるはず。それでもお姉様は自分の信念に基づいて働いている。

 だったら私も存分に宿屋をやるだけだ。

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