第29話 ついに迷惑客がやってきました
「ここが冒険者の宿屋ってか」
すっかり賑わいを見せるようになった私の宿屋に暗雲が立ち込めた。
強面でやたら体格がいい男と仲間らしき人達がテーブル席に着く。
この人達が入ってくるなり、他の冒険者達が萎縮して楽しそうな談笑をやめてしまった。誰もあの人達を見ようともしない。
「おう、とりあえず酒だ。持ってこい」
「申し訳ありません。当宿ではアルコールは扱っておりません」
「あぁ? ここはガキのたまり場か?」
「冒険や討伐に差し支えてはいけないと判断しました」
「そんなもんでフラつく奴はどうせ死ぬんだよ。大体、ここにいる奴らは何級だ?」
皆、顔を伏せてやり過ごそうとしている。
この反応から察するに、良くない人物なのは間違いない。しかも周知ときた。
「用意できねぇなら買ってきな」
「申し訳ありません。そのようなサービスは行っておりません」
「ねえちゃん、アズマっつう遠い国でこんな言葉があってな。『お客様は神様』だ。そうだろう? 客がいなけりゃ商売できねぇもんな」
「存じませんでした」
「わかったら買ってこいっつってんだよッ! あぁッ!?」
男がテーブルを蹴り上げる。私が拘って仕入れた物に、この男はいい歳をして八つ当たりをした。
確かに商売は、お客様がいないと成り立たない。感謝しなきゃいけないかもしれない。だけどそれはあくまでお客様に対してだ。
「当宿の備品を傷つける行為は慎んで下さい。他のお客様のご迷惑にもなります」
「ねえちゃん、大したタマだな。そりゃこんなところで宿なんかやるわな」
「ご理解していただけましたか?」
「よーく理解したぜ。酒は諦めてやるから女を出せ。そのくらいのサービスはやってんだろ?」
「ねえちゃん、断甲のダルドーって知らないのか? 他の奴らはよくご存じみたいだぜ」
仲間の一人がニヤついてる。当然、さっぱり知らないわけだけど近くの冒険者が静かに口を開いた。
「各地でネームドモンスター狩りをしているパーティだよ。腕が立つ冒険者で、リーダーのダルドーの斧はアイアンタートルの甲羅すらも真っ二つにするらしい……」
「なるほど……」
「おい、呼び捨てか?」
教えてくれた冒険者が胸ぐらを掴まれて立たされた後、頬に拳がめり込む。勢いで床に倒れた冒険者が口から血を吐いた。
「う、う……うぅ……」
「ミルカ! こちらの方の手当てを!」
「は、はい!」
「ザコがイキってんじゃねえぞ。どうせ五級のゴミだろうに……」
なるほど、冒険者という人達に対する理解がまだ浅かったのかもしれない。中にはこんな連中だっている。
「こうなりたくなきゃ、女くらい出せってんだよッ! ボサッとしてんじゃねえぞ!」
「あなた達はお客様ではありません」
「あぁ!?」
「ルールやマナーを守った上で初めてお客様となるのです。つまりあなた達以外の方々ですね。暴漢による襲撃と見なします」
蹴り飛ばされたテーブルを正して、男達に対して構えた。
「警告します。出て行って下さい。さもなくば、あなた達が得意とする力での対処を行います」
「面白れぇ! その構えはなんだ! 格闘技に心得でもあんのか!」
ダルドーが巨大な斧を両手で持つ。他の男達も同じく武器を取り出した。
こんな連中が今の今まで他で迷惑をかけていたと思うと忍びない。善良な人々が泣かされていたはずだ。
普通に転移でつまみだしてもいいけど調子に乗らせても解決しない。ここは一つ、手を出したらどうなるか思い知らせてやる。
「もはや山賊と変わりませんね。わかりました、対処します」
「どうやってくれるか見物……」
ダルドーの腹に私の拳が入る。目にも止まらない速さのはずだ。
「うゴッ……!」
「へ? あれ?」
ダルドーが軽く弾き飛ばされて、仰向けに倒れた。直後、腹部の激痛で悶える事になる。
「う、ううぅッ! あぐぅぅ……!」
「ダルドー! おい、何だ! どうした!」
ダルドーが脂汗を流して、呻いている。
何が起こったかわからないだろうけど、拳を構えてあの男の腹付近に転移しただけだ。転移破壊と同じ要領だけど転移破壊が起こらない程度の転移。
転移後に衝突が起きれば死ぬほど痛いけど、死なない程度のダメージになる。転移衝突とでも名付けておけばいいかな。
「私、こう見えても強いんですよ」
「このガキッ!」
いきり立った仲間のそれぞれの部位に拳を当ててやった。
顎、胸、肩。弾かれた次の瞬間にはもう起き上がれない。苦悶の表情を浮かべて涙を流していた。
「がはっ、がはッ……」
「だ、だすけでくれ!」
「もう二度とここに来ないで下さい。ただし、テーブルの修繕費は払っていただきます」
「ひぃぃ……」
床を這いながら出口に向かっていたダルドーの前に転移する。
涎を垂らしながら見上げてきたので精一杯のスマイルで答えた。
「修繕費をいただきます」
「出す、出すから、悪かった……」
「あら……あまり持ち合わせがないみたいですね。数々のネームドモンスターを討伐してるのに?」
「酒代と、女で、ほとんど……」
「あららー。まぁ仕方ないですね。とっとと出ていってほしいので、これだけいただきます」
テーブルどころかポーション一つすら怪しい全額だ。稼いだお金は使い切って、店では脅すわけか。
なんだかより哀れに思えてきたから、お金を戻した。
「そのお金でポーションでも買って下さい。では転移っと」
ダルドー達を渓谷のどこかに転移させた。あの様子じゃ魔物に遭遇したら危ないけど知らない。
抑えるのに苦労したけど私はかなり怒ってる。この前みたいにうっかり魔力を暴走させなかっただけでも成長してるはずだ。
「お客様、お騒がせして申し訳ありません」
周囲が静まり返って、せっかくの食事も喉を通ってないみたいだ。
あの暴漢連中のせいとはいえ、この怯えが私に対するものなのは確かだった。
「すげぇぇ!」
「おい、見たか? あのダルドーの情けない姿をよ!」
「泣いてたよな!」
なんか盛り上がった。
「宿屋さん、強すぎだろ! あれどうやったんだ!?」
「ああいう連中も腹立つけど、言いなりになる店にもイライラしてたんだ。スカッとしたよ」
「それだけ強いなら、俺達も安心できるな!」
これはアレかな。あのダルドー達、どれだけ嫌われてたのって話だ。
あの人達が痛快にノされたから、私の強さとかは半ばどうでもいい雰囲気になっていた。
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