第62話 大国の影? それよりお弁当です

「こやつらの正体がわかりましたぞ」


 バトラクさんが影使いの魔術師の尋問を終えた。ビクリと体を震わせる影男だけど、最後までハッキリしない物言いだった。

 核心的な質問に対しては覚えてないと答える。どうでもいい質問には答える。それでもバトラクさんは何か納得したかのようだった。


「まず、この男の記憶は魔術の影響を受けております。おそらく重要な情報を喋らせない為に、何者かが何らかの魔術式でロックしたのでしょう」

「という事は、こいつは末端か!」

「立ち位置まではわかりませぬが、何らかの魔術式による自白を防ぐ為でしょう。本人が知り得ない情報ならば、拷問されようと話せませんからな」

「それほどの芸当ができる連中など、限らているだろう!」

「はい。つきましては質問に質問を重ねた結果、この男の出身国が明らかになりました」


 ひたすら意味がなさそうな世間話みたいな質問だったけど、きちんと意味があった。

 どんな料理が好きか、苦手な気候は何か。これらの答えを組み合わせる事によって、バトラクさんは特定したんだ。なんかすごいな、この人。年の功かな。


「この男はウィザードキングダムの魔術師です」

「ウィザードキングダムだと! 魔術師発祥の地などと吹いて、大国面している輩か!」

「事実、我が国を上回る魔導技術を保有しておりますからな。そのせいで、行き過ぎた差別が横行しているようですが……」

「その大国気取りが、我々の国で何をしていたのか!」

「何らかの実験だと推測します」


 ウィザードキングダム。大陸一の魔術国家と呼ばれていて、国土はレグリア王国の数倍だ。ほとんどの国民が高い魔力を持って生まれてくる事から、一般人でも基本的な魔術くらいは扱える。

 魔術式が刻まれる人も珍しくなくて、この国みたいにそれだけで重宝されたりはしない。教育、研究においても群を抜いた実績を残している。

 実際、私が知ってる魔術式の知識のほとんどはあの国で発表されたものだ。

 魔術師のレベルも当然、世界最高峰と言われている。特に優秀な魔術師を高待遇で引き抜くから、レベルが底上げされていくみたい。

 他人の記憶をピンポイントでロックする魔術式なんて途方もない。すでに私達は大国の実力の一端を拝んでいる。


「猿どもを使った実験か!」

「魔術に関する実験なのは間違いないでしょう。問題は何故、遠く離れたこの国で行っているのか……。よほどやましい事情があるのかもしれません」

「今すぐにでも焼き尽くしてやりたいが、簡単な相手ではない! もっと決定的な証拠がほしいところだ!」

「そうですな。この件は慎重に捜査していきましょう」

「それにしても、この連中は決して弱くなかった! だがウィザードキングダムからすれば、せいぜい中堅かもな!」


 お兄様がそこまで評価するほどの魔術師か。この人達がどう思ってるのか知らないけど、なんだかもったいない。

 記憶を都合よく操作されて、こんなところで変な実験なんかさせられる。いくら待遇がよくても、私なら絶対に嫌だ。もっと楽しい事を見つけて、人生を謳歌してほしい。


「しかし我々とて、まったく本気ではなかった! 出番がなくて退屈だっただろう! アミーリア!」

「そうですねぇ。でも久しぶりにセティル副隊長の戦いが見られて満足です。ほとんどワルモがちょちょいとやっちゃうんで」

「クククッ……。せいぜい己の無力さを噛みしめるがいい」

「いや、別に……」


「あのー……そろそろお弁当にしませんか?」


 魔術師を拷問するために来たんじゃない。あくまで目的はこれだ。

 ベーコンサンドを見せると、皆が目の色を変える。やっぱりお腹が空いてたんだね。


「やけに気が利くな!」

「隊長! 私の分も!」

「食え! 命令だ!」

「ハッ!」


 なんでセティルさんは真っ先に自分の分をあげようとしたんだろう。お兄様への心酔も、ここまでくるともはや崇拝に近い。

 ギャルマンさんは手づかみで食べるのが嫌なのか、ナイフとフォークを取り出した。


「食べにくくないですか?」

「問題ありません。これがこの世に生まれ落ちた時からの作法です」

「そんな壮大な」


 フォークでサンドイッチを刺して、器用にナイフで切ってる。魔術以外の特技として披露できそう。


「クックックッ、なるほど。これは絶妙だ。サンドイッチのようなシンプルな品こそ調和が難しいが、なるほど。フフ……フハハハッ!」

「褒め言葉として受け取ります」

「そうか、それもよかろう……ククッ!」

「なんかモヤモヤする」


「このサンドイッチ! またしてもミルカか! やはり一度、奴とは話をつけねばならんな!」


 実の兄が一番、物騒な発言をしている。ご好評いただいて嬉しい限りだけど、なんか違和感がある。ふと視線をずらすと、影男が物欲しそうに見ていた。


「あの、食べます?」

「これが……最後の晩餐か……」

「いや、知らないけど」


 サンドイッチにかぶりついた影男が、次第に夢中になる。あっという間に食べ終えてから、涙を流し始めた。


「俺は一体、何をしていたんだ……」


 これが記憶操作による影響から出た発言なのか、私には判断がつかなかった。

 我に返った、とでもいうのかな。ミルカのサンドイッチにそんな効果があるとしたら、ウィザードキングダムで売り歩けば平和になるかもしれない。

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